第六話「カイサルの考察」
◆
私の名前はカイサル・フォン・グローリア。
サンチェリスタ帝国の東の端にある街を収める領主だ。
先のガレイル王国との戦争にて功績を挙げた事により、子爵の位と戦争で得たこの領土と街を授かった。
そして、今では良妻に恵まれ、もうすぐ三歳になる娘も授かった。
まだまだ新興貴族で、家臣も少なく、このグローリア領をまとめるので精一杯の領主だ。
それに成り上がりな私には政敵も多い。 絶世の美女と言われた侯爵令嬢のアリシアを、妻に迎えたのも反感をかったらしい。
私自身に暗殺者を差し向けるのは別にかまわない。 むしろ強者と戦えるのは、願ってもない楽しみの一つでもあるくらいだ。
問題は、私を支える家臣の数が少ない事にある。
妻アリシアの実家、シスタール侯爵家の協力があるからこそ、なんとかグローリア領を治める事ができているのが現状だ。 やはり人材不足は否めない。 これも反感を買った貴族が、裏から邪魔をしているのも原因の一つだ。 まったく、貴族と言うのは面倒くさい生き物だとつくづく思う。
そんな人材不足に悩む日々にもたらされたある報告に、私は耳を疑った。
先ほど屋敷を覆う程の激しい閃光に、敵襲を疑って身構えていたのだが、私の専属執事であるバルトからの報告は、予想外のものであった。
なんと、彼の三歳になる息子が、ライトの魔術を行使し暴走させたのが原因だと言うのだ。 私の娘も神に祝福されたかの様に、内に秘めるマナは、宮廷魔術師にも匹敵するほど秘めている。 だが、その才能があったとしても、三歳でそのマナを操作し、魔術を行使できるとは思えない。
もし、その報告が本当だと言うのならば、将来優秀な執事が一人、我がグローリア家に仕える事になり、それは大変喜ばしい事なのだ。
それに、魔術を使えるのであれば、娘のアイエルの専属執事兼護衛として申し分ない。 私は、すぐさまその事実を確かめる為にバルトに命じ、マナ切れから目覚めたバルトの息子と面会を取り付けた。
そして、目覚めたバルトの息子、名をロゼと言うのだが、彼と面会し、実際に魔術を見せてもらった。
目の前でライトの魔法を制御してみせるロゼに、私は喜びを覚えた。
なによりもロゼは三歳とは思えない程、聡明であった。 これはアイエルの教育にもいい影響を与えるかもしれないと思い立ち、すぐさま家庭教師を手配する段取りを付けた。 ロゼと共に娘も勉強すれば、その才能の開花を早める事ができるかもしれないと考えたからだ。
まずは、アイエルとロゼの顔合わせをセッティングしなければなるまい。 娘は少々人見知りがすぎるからな… それから、今後の事をバルトとも相談する事にしよう。
◆
そして、私の娘アイエルと、バルトの息子ロゼの顔合わせの日が着た。
応接室に妻と娘を連れて入ると、ロゼは正装に身を包み、礼儀正しく自己紹介をこなした。 本当に三歳児とは思えない礼儀正しさだ。
「ほら、アイエル。 ちゃんとご挨拶なさい」
妻のアリシアに促され、娘は気恥ずかしそうに「アイエル…です」と挨拶をする。
娘は終始アリシアの後ろに隠れている。 んー 我が娘ながら可愛いなぁ…
すると、ロゼは娘の側まで歩み寄り、片膝をついて手を差し伸べる。
「お目にかかれて光栄です。アイエルさま…
ロゼと申します。 よろしくお願いしますね。
よかったら、その可愛らしいお顔を見せては頂けませんか?」
などと、三歳児がする挨拶とは思えない口説き文句を口にする。
正直、呆気にとられてしまった。
娘も目の前で片膝を着き、紳士な対応をするロゼに興味を持ったのか、その手に触れて、「…ロゼ?」と恐る恐る聞き返している。
ロゼはなんでもないように微笑みながら「…はい。なんでしょうかアイエルさま」と普通に返している。
見つめあう娘とロゼに、私は少し嫉妬した。
娘は「ううん。 なんでもない…」と気恥ずかしいのかまたアリシアの陰に隠れてしまう。 この少年。 油断ならない… 私の直感がそう告げていた。
ロゼは、娘から視線を私たち夫婦に向けると、お世辞のつもりなのだろうか、素直な感想を述べる。
「アイエルさまの髪と瞳はすごくキレイですね。 思わず見とれてしまいました」
娘の髪と瞳は、角度によって色が変わる。 普通ではない神秘的な髪と瞳を持っている。 娘と初めてあった人は大抵その現象に目を奪われる。 少年も例外ではなかったのだろう。
娘を手放しで褒められ、私は気を良くして笑った。
「ハッハ、良く言われる」
そしてその現象の原因が、娘の将来有望な証だと説明してやろう。
そう思い言葉を続ける。
「アイエルの髪と瞳は、アイエルの中に眠るマナの干渉によるものだ。
アイエルは生まれながらに強いマナを持っているからな。
ロゼと一緒に魔術とマナの操作を学べば、将来優秀な宮廷魔導士になる事も夢じゃないかもしれないな」
言って、ハッと気が付く。
娘と一緒にこの少年が学ぶのだ。
こんなに愛らしい娘と一緒に勉強をするのだ。 これは娘に手を出されてはいけない。 ここはしっかりと釘を刺して然るべきだろう。
私はロゼの耳元へ顔を近づけ、軽く殺気を放ちながら彼に忠告する。
「ところでロゼ、分かっていると思うが、アイエルに手を出したら殺すからな」
周りに聞こえない様に小さな声で囁きかけたのだが、妻には聞こえたらしい。
私の肩がポンと叩かれ、「
アイエルは何も分かってない見たいだが、アリシアに後で何を吹き込まれるか分かったものじゃない。 パパなんて大っ嫌いとか言われた日には私は終わる… 精神的に…
私は背後の圧力に耐えながらそんな事を考えていると、ロゼがその状況を察したのか、助け船をだしてきた。
「ご安心ください、カイサルさま。
セバス家の跡取り息子として、心からお仕えいたします」
そう言って一礼するロゼに、アリシアも「本当に良くできた子ね」と空気を和ませる。
私は虚を突かれて、その察しの良さとあくまでも家臣と言う態度を取る三歳の少年に、自分の大人げなさを悟り、所在なさそうに頭を掻く。
「君は本当に、三歳児とは思えないくらい大人びているな」
私はそう言って苦笑するしかなかった。
ここはロゼを信用するしかあるまい。 それにバルトの子だ、きっと将来優秀な執事として仕えてくれる。
◆
それから、妻に促され、娘のアイエルを連れてロゼが応接室を出て行く。
残った妻と、バルトとバルトの妻のシヤ、そしてロゼの祖父にあたる執事長のガトフで、この家に招く家庭教師の事で話し合いとなった。
と言うより、その実、屋敷内で勝手に魔術を使われてトラブルになったら大変なので、この屋敷でのルールを決めようかと思ったからだ。
もし仮に魔術を失敗し、書庫の火災や建物の破損になればそれこそ一大事。 死傷者がでればそれこそ目も当てられない。 そう言った事も踏まえ、この場を借りてルール作りをしようと決めたのだ。
後はそれを、魔術の家庭教師にも徹底させる。
「―…と言う訳で、皆の意見が聞きたい。
特に執事長。 ここ数日ロゼの勉強を観て、今後こうした方が良いとか、そういった意見があれば教えてほしい」
私はそう言って、まずは一番ロゼと接している執事長から話を聞く事にした。
「そうですのう… ロゼは思いの他しっかりしておりますぞ。 流石ワシの孫と言った所か、生活魔術ももう覚えたし、教えるのが楽しいくらいの天才じゃ。 このワシが保障しますわい」
顔を綻ばせ、嬉しそうにそう孫自慢を始める執事長。 完全に爺バカになっていた…
私はため息をつくと、流石私の専属執事、バルトは執事長に私の言いたい事を補足してくれた。
「父上、カイサル様はそういう事を聞きたいのではないかと思いますよ…」
バルトに指摘され、「分かっておる」と執事長はバルトに言うと私の視線に気付き、「失礼」と咳払いして話を続ける。
「今まで行使した魔術を見て、ロゼなら暴走の心配は無いと判断して良いじゃろう。 魔術の制御も大人顔負けにしっかりしておるしの。 むしろ、一緒に学ぶアイエル様の事を前提に考えた方が良いと進言しよう」
「そこまで…なのか?」
私は驚いた。
魔術はマナの制御がネックになる。 爺バカを発揮しているとは言え、このグローリア家の中では年長者だ。その意見はバカにはできない。
「だがしかし、無暗に屋敷内で魔術を使うのは、やはりリスクが大きいかと思います」
バルトが懸念を言う。
確かに制御できているからと言って、屋敷内での魔術の行使は控えたほうが良いだろう。
「そうだな、まずはそこは前提として考えた方が良いだろう。 だが、そうなると屋敷の外でと、なるが、庭に訓練設備の様な物はない。 結局植物にも被害が出てしまう可能性がある」
どうしたものかと考える。
すると、今まで黙っていたアリシアが意見を述べた。
「
「なるほど、結界魔術か…
それならば他に被害が出る事はなさそうだな」
さすが私の妻だ。
「よし、ではそれで行くとしよう。
基本、屋敷内での生活魔術以外の魔術は禁止とし、子供達には、その訓練場以外での魔術の使用を禁止としよう」
「それで宜しいかと思います」
すかさずバルトが同意する。
それに執事長は「まぁ仕方の無い事よの」と何か思うところが有るのだろう。 そう呟くと、
「訓練場が出来るまでの間、ロゼは不便な思いをするやもしれんな」
そう言って苦笑う。
なるほど、確かにロゼとしては不満に思うやもしれんな。
そんな事を考えていると、バルトが気になっていた事を尋ねてきた。
「それで、旦那様、魔術の先生の方は決まったのですか?」
親としては気になる所だな。 私は素直に答える。
「今帝都に使い魔を出している。 もうすぐ返事が来るはずだ」
私が質問に答えると、補足する様にアリシアが詳細を話す。
「一応今回お願いしたのは、宮廷魔導士の娘さんなの。
今は冒険者をしているから丁度いいと思って私が紹介したの」
「確か、今の宮廷魔導士は、シスタール家に
「ええ、そうよ」
「まぁ、何にしても、まずは設備を整えなければな。 バルト、申し訳ないが手配を頼めるか」
私は話を切り替え、バルトに指示を出す。
「畏まりました。 旦那様」
「では、家庭教師のと今後の魔術に関する事はこんなもので良いだろう。 娘達の様子でも見に行くか」
そう言って席を立ち、私たちは応接室を後にした。
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