第五話「ロゼとグローリア家」
◆
あれから十日の時が流れた。
お爺様に勉強を見てもらい、魔術の制御もだいぶ上手くやれる様になってきた。
今では生活魔術と言われる、簡易的なモノなら問題なく行使できる。
光の生成は勿論、種火の生成、水球の生成、風の操作、土の操作と、簡易的ながら出来る様になった。 どれも威力のない、簡単なモノばかりだが、魔術自体扱える様になるのは楽しい。
そして、今日俺はカイサル様の娘、グローリア家のご令嬢のアイエル様と初めての対面を果たす予定なのだ。
家臣である身で失礼がない様、正装で身なりもしっかりと整える。
メラお姉ちゃんと母様があーでもないこーでもないと、俺は先ほどから着せ替え人形の様に服をとっかえひっかえされていた。
「ねぇ、かーさま… まだ?」
「何言ってるの! せっかくグローリア家にお披露目なんだから、ちゃんとした格好でなければダメよ」
「そうですよ、ロゼくん。
アイエル様のハートをゲットするには身なりは大事なんですよ!」
言って二人は楽しそうに服を選ぶ。
母様の言ってる事はともかく、ちょっとメラお姉ちゃんが何言ってるか分からない… 相手はまだ三歳にもなってない年下の女の子ですよ?
心の中でため息をつく。
「あ、これなんてどうです? シア様」
「あら、それも良いわねぇ」
それから三十分くらい着せ替えが続き、俺は母様と父様に連れられてグローリア一家が済む本邸との連絡通路に訪れた。
後ろにはメラお姉ちゃんも付き添っている。
グローリア家の屋敷は、グローリア家の家族が住まう本邸と使用人に与えられた別邸とで建物が別れている。 同じ敷地内に設けられているので、使用人の家族のプライバシーは結構しっかり守られて居たりする。
仕事に支障が無い様、連絡通路で本邸と別邸がつながっており、そこから家臣は出入りできる様になっている。
父様と母様に連れられ、連絡通路を抜けると、お爺様が玄関ホールで出迎えてくれた。
「旦那様から応接室で待つようにとの事じゃ」
「分かりました」
お爺様は一言父様に言づけると、俺に向き直ってしゃがみ、目線を合わせると頭を撫でる。
「ロゼは緊張しておらんか?」
「うん。 大丈夫だよ」
「そうか、ロゼならきっとグローリア家に気に入られる。 自信を持ってちゃんと挨拶しなさい」
そう言うと俺を送り出してくれた。
まぁ緊張しろと言われても、相手はもうすぐ三歳になる女の子とその両親だよ?
しかも中身はともかく今は俺も三歳児。 多少の粗相があった程度でどうこうなるとは思えない。 緊張するだけ無駄だと思う。
◆
父様と母様に案内されて応接室に入ると、メラお姉ちゃんはすぐさまお茶の準備を始める。
父様は俺をソファーに座らせると、俺を挟むように両親はソファーに腰掛ける。
「ロゼ、カイサル様とご家族が来られたら、ちゃんと立って挨拶するんだぞ」
「はい。 とーさま」
「それから、くれぐれも粗相が無いようにな。
まずは私が紹介するから、それまでは黙っていなさい」
「はい。 わかりました」
なんか、何時もの父様と違って緊張してるみたい…
滅多に見れない父様の姿に、少し心が和んだ。
しかし、その緊張の意味を知り、納得するまでそう時間はかからなかった。
メラお姉ちゃんがお茶の支度を整え、テーブルにお茶を用意する。
しばらく待つと、部屋の扉がノックされ、お爺様が先に部屋に入ってきて扉を開け控える。
すると、カイサル様がまず入室し、それに続いて白銀の奇麗な髪を
そしてその
思わず見とれて固まってしまった俺を、父様が立つ様に促す。
はっとして慌てて席を立つと、父様が出迎えの挨拶をした。
「わざわざ時間を取らせて頂き、恐縮です」
父様が一礼すると、カイサル様は「いや、気にするな」と軽く流す。
父様は俺の背中をそっと押し、自分の前に出すと、俺を紹介する。
「奥様、アイエル様、紹介致します。 息子のロゼです」
父様に紹介され、俺は頭を下げると挨拶をする。
「ご紹介にあずかりました、ロゼ・セバスと申します。
どうぞよろしくお願いします」
簡単に挨拶をすると、今度はカイサル様が二人を紹介する。
「ロゼ、紹介しよう。 妻のアリシアと、娘のアイエルだ」
「妻のアリシアよ、宜しくねロゼ」
そう言って頭を下げた白銀の髪の美女は、にこやかに笑いかけてきた。
父様が緊張していた理由がなんとなく分かった。 これだけの美女を前にして緊張しない男は居ないだろう。 腰のあたりまで伸びたストレートの白銀の髪に、サファイアの様に蒼い瞳。 整った顔立ちに物腰も優しく、落ち着いている。
なんでも後から聞いた話だと、当時絶世の美女として王族からも求婚を受ける程、その名を知られていたらしい。
道理で父様が緊張する訳だ。
しかも、元侯爵令嬢だと言う。 そりゃカイサル様も嫉妬で敵を増やすのも頷ける。
「よろしくお願いします。 アリシアさま」
そう言って頭を下げる。
「
アリシア様はカイサル様にそう言って嬉しそうに笑いかける。
「ほら、アイエル。 ちゃんとご挨拶なさい」
アリシア様の陰に隠れて様子を窺っていたアイエル様は、アリシア様に促されて気恥ずかしそうに挨拶をする。
「アイエル… です」
人見知りなのか、アリシア様のスカートの裾を掴んだまま、その陰から出てこようとはしない。 俺はしかたないなぁと思いながら、アイエル様に歩みより、片膝をついて挨拶をする事にした。
「お目にかかれて光栄です。アイエルさま…
ロゼと申します。 よろしくお願いしますね。
よかったら、その可愛らしいお顔を見せては頂けませんか?」
言って手を差し出し、にこやかに笑いかける。
ん? ちょっと待てよ、今気づいたけど、この体勢とこの口説き文句って、三歳にもなってない幼女に取る態度じゃないよね…
そもそも三歳児の俺がとるものでもない気がするが…
なんかこれって、傍から見ると俺がアイエル様を口説いてる様に見える気がしてきた… まぁいいや、だが、その効果は絶大だった。
片膝を着いて姿勢を低くしたのが良かったのだろう。
アイエル様はアリシア様の陰から、照れくさそうに前に出ると、跪いて手を差し出す俺の手に恐る恐る触れる。
そして、様子を窺う様に俺の名前を呼んだ。
「…ロゼ?」
「…はい。 なんでしょうかアイエルさま」
俺は笑顔で答える。
「ううん。 なんでもない…」
そう言って再びアリシア様の後ろに隠れてしまう。
アイエル様はこうして近くで見ると、本当にアリシア様によく似ていた。
絶世の美女と言われても不思議じゃないアリシア様の血を引くだけあり、目鼻立ちも将来が楽しみな程に整っている。
何よりも神秘的なのは、その髪と瞳だ。
少し青みかかった白銀をベースに、角度によって虹の様に様々な色が混じる綺麗なサラサラな髪。
宝石の様に輝く瞳は、左はサファイアの様に蒼く、右はエメラルドの様に碧で、髪だけでなくその瞳にも、ミスティックトパーズ様に紫とも桃色ともとれる色が角度によって混じる。
アリシア様の蒼い瞳とカイサル様の碧の瞳を両方受け継いでいるそのオッドアイは、その珍しさも相まってその神秘的な装いに拍車をかけている。
まるで、彼女自体が神秘の結晶の様にさえ思えた。
俺は素直な感想をカイサル様とアリシア様に伝える。
「アイエルさまの髪と瞳はすごくキレイですね。 思わず見とれてしまいました」
そう言って褒める。
アリシア様は「あらあら」と嬉しそうに微笑み、付け加える様にカイサル様が説明する。
「ハッハ、良く言われる。
アイエルの髪と瞳は、アイエルの中に眠るマナの干渉によるものだ。 アイエルは生まれながらに強いマナを持っているからな。 ロゼと一緒に魔術とマナの操作を学べば、将来優秀な宮廷魔導士になる事も夢じゃないかもしれないな」
そう言って笑ったかと思うと、急に態度を替え、
「ところでロゼ、分かっていると思うが、アイエルに手を出したら殺すからな」
と俺の耳元で笑顔を崩さずに囁いた…
ちょっと待って、流石に三歳児にその脅しはどうかと思うよ。
てか、そもそもまだ三歳にもなってないアイエル様に手を出すとか意味不明すぎるんですが…
俺が困惑していると、アリシア様がカイサル様の肩をポンとたたき、笑っているのに般若が浮かぶ顔でカイサル様へ「
きっと、カイサル様のさっきの言葉が聞こえたのだろう… あのカイサル様が額から滝の様に汗をかいている。 もちろんアイエル様はなんの事か理解していないだろう。 可愛らしく首をかしげている。
「ご安心ください、カイサルさま。
セバス家の跡取り息子として、心からお仕えいたします」
そう言って一礼すると、アリシア様は「ほんとうによくできた子ね」と微笑み
カイサル様は虚を突かれて、自分の発言に思うところがあったのだろう。 所在なさそうに頭を掻いた。
「君は本当に、三歳児とは思えないくらいに大人びているな…」
そう言って苦笑する。 まぁ、実際中身は大人ですからね…
父様もカイサル様とのやり取りを見ていて、同じようにつぶやく。
「本当に、どこでそんな言葉を覚えたのやら…」
言って苦笑う。 俺はさすがに変かと思い、苦し紛れに言い訳をしておく。
「しょ、書庫にあった本にいろいろと書いてありました」
「ハッハ、書庫は先人の知識の宝庫じゃからな。 これからも好きに使っていいからな。 ワシが許可しよう」
お爺様が孫の成長を喜び、嬉しそうに笑う。
「ありがと じー、おじいさま」
思わずジージと呼びそうになって訂正する。
そんなやり取りの中、終始アリシア様の陰から様子を窺っているアイエル様を心配し、アリシア様がアイエル様に促す。
「アイエル? ロゼくんと少しお外で遊んできたらどうです?」
にこやかに微笑んで、アイエル様にそう促すと、アイエル様はこの世の終わり見たいに絶望の表情を浮かべて、フルフルと首を横にふる。
アリシア様は「あらあら、困ったわね」と、何かを言いたそうに俺を見つめる。
これはあれか、俺からも誘えと言う事か?
仕方ない… おそらく大人だけで話がしたい事があるのか、単にアイエル様の様子を心配しての事かもしれない。
ここはアリシア様の提案に乗っておいた方が良いだろう。 俺はそう思い、再びアイエル様に歩みよると語り掛ける。
「アイエルさま、ぼくと一緒にお外で遊ぶのは嫌ですか?」
俺は悲しそうな顔を作って、アイエル様にそう語り掛ける。
アイエル様は戸惑いながらフルフルと首を横にふる。
「それは良かった。アイエルさまに嫌われたのかと思いました」
言って優しく微笑みかける。
アイエル様は恥ずかしいのか、顔を赤らめてまたフルフルと首を横にふる。
「きらいじゃない… ママといっしょがいい」
まぁ、そうだよね、普通この年で母親から離れるのは怖いよね… 俺が異常なだけで… そこでアリシア様が助け舟を出す。
「アイエル。 ママはパパたちと大事なお話があるの。
難しい話だから、ロゼくんと一緒にお庭で遊んできてくれたらママ嬉しいな」
そう言って腰をかがめると優しくアイエル様の頭を撫でる。
アイエル様はどうしたら良いのか分からず項垂れる。
「アイエルさま、先ほどお庭を見たところ、キレイなお花が咲いておりましたよ
きっとアイエルさまとお話ししたいのかもしれません」
「ほんと?」
さっきまでのウジウジした態度はどこへやら、アイエル様はお花に興味がある様だ。
「ええ、おかーさま達のお話の邪魔になりません様、一緒にまいりましょう」
そう促すと、アイエル様は後ろ髪を引かれつつも素直に頷いた。
「いい子ね、アイエル」
その様子を見ていたアリシア様はそう言ってアイエルを褒める。
「ロゼくん、アイエルをよろしくね」
「はい… では行きましょうか、アイエルさま」
そう言って笑顔で手を差し伸べる。
アイエル様は、恐る恐るその手をつなぐと頷いた。
その様子に安心したのか、アリシア様も微笑み、傍らに控えるメラお姉ちゃんに指示をする。
「メラ、申し訳ないんだけど二人の事お願いね」
「畏まりました」
俺はアイエル様の手を引き、応接室を出ていく。
その後を追う様にメラお姉ちゃんも同行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます