第四話「カイサル様との対面」

 ◆


 小鳥がさえずり、日差しが窓から差し込む。

 次第に意識が覚醒し、目を覚ますと目の前にたわわに実った果実が…

 否、母様の胸が視界に飛び込んできた。


 どうやら、俺は気を失ってしまったらしい。

 魔術を使ってからの昨夜の記憶がない。

 母様は俺に腕枕して、添い寝する様に眠っている。 昨日魔術を使った所を見られてしまった。 しかも母様だけでなく、メラお姉ちゃんにも見られた。

 その後集まってきた父様とお爺様、それにサモン小父さんにまで魔術を使った事がばれてしまった。

 怒られるかなぁ… お爺様にまだ早いって言われてたのに勝手に使って暴走させちゃったし… そう思い、ため息を漏らす。

 なんか母様にも心配かけちゃったみたいだし…

 そう思いながら隣で眠る母様の姿を見つめる。

 すると、母様も朝の光に目が覚めたのか次第に覚醒すると、目覚めた俺の姿を見て、目を見開きいきなり抱きしめてきた。


「ロゼ!」

「ゲムフッ」


 俺は変な声を上げながら母様の胸に埋もれる。

 ギブギブ、息ができない。

 そして、急に手で顔を挟まれ、母様の顔に向けられると、


「もう! 心配したんだから」


 そう言って優しく微笑み、俺の頭を撫でてくれた。

 本当に心配かけてしまったみたいだ。 俺は素直に謝る。


「ごめんなさい…」

「具合が悪いところはない?」

「うん。 大丈夫」

「そう… でも今日はゆっくり休んでいなさい。 今から食事を用意して持ってくるから、そのままベットで横になっているのよ?」


 母様はそう言うとベットから抜け出し、シーツを掛けなおすと部屋を出ていく。


「なんか、もっと怒られるかと思った…」


 一人呟き、部屋の天井を見上げる。

 そして、自分の掌を見つめ、昨夜使った魔術の感覚を思い出す。


「やっぱりこの身体で魔術は早かったのかな…」


 しばらくボーとそんな事を考えていると、母様とメラお姉ちゃんが食事を持って部屋にもどってきた。


「ロゼ、起きれる?」


 母様はそう言うとベットの脇の椅子に座り、俺の体を起こす。

 そして、トレイの上のスープにパンを細かくちぎって入れ、ふやかすとスプーンですくって、少し冷ますと俺の口元へと運んだ。


「さぁ、少し熱いけど、しっかり食べるのよ」


 俺は頷き、口に含んで飲み込んだ。

 その様子に安心したのか、母様は笑顔を浮かべ、次をすくう。

 メラお姉ちゃんもその様子に安心したのか、ホッとした表情を浮かべると俺の体を心配してくれた。


「ロゼくん、もう具合は大丈夫なの?」

「うん。 全然平気だよ。 心配かけてごめんね…」


「よかった。 バルト様も心配なさっていましたよ。

 今呼びに行って参りますね」


 そう言うとそそくさと部屋を出ていく。

 ちょっとまって、父様を呼ぶってもしかして俺怒られる?

 そんな俺の不安を感じ取ったのか、母様は「大丈夫よ」と優しく言うと続けてパンを俺の口へと運んでくれる。


 そしてスープとパンを一通り食べ終わると、メラお姉ちゃんが父様とお爺様を引き連れて部屋へと戻ってきた。

 そして、その三人の後から見慣れない小父さんが姿を現す。 誰だろうとキョトンとしてると、父様が紹介してくれた。


「目が覚めたようだな、ロゼ。

 紹介しよう、グローリア家の当主でカイサル様だ。 ちゃんと挨拶なさい」


 そう父様に言われ、慌てて姿勢を正して挨拶をする。


「おはつにお目にかかりますカイサルさま。 ロゼともうします」


 そう言って頭を下げる。 なんでいきなり父様が仕える子爵の当主様が俺のところに… 内心焦りながらもしっかりと挨拶をする。


「君がバルトの息子のロゼか、なかなかしっかりした子ではないかバルトよ」


 カイサル様は嬉しそうに笑う。


「アイエルお嬢様にはかないません」


 父様はそう言って苦笑いを浮かべる。

 そして、ベットの脇に新しく椅子を用意すると、カイサル様に椅子を進める。

 カイサル様は自然な流れで椅子に腰かけると、本題に入った。


「ロゼよ、昨夜魔術を使ったと言うのは本当か?」


 突然そんな事を言われ、思わず父様と母様の様子を覗ってしまう。

 俺のそんな様子を察してか、カイサル様は苦笑し、話を続ける。


「ああ、心配せずとも怒ったりはせぬ。 ただの確認だ」


 俺はそう言われて、恐る恐る「はい。 本当です」と答えた。

 その返事を聞いたカイサル様は真剣な表情になり、


「そうか、今ここで見せてもらう事はできるか?」


 と俺に確認してきた。


「あの…」


 いいの?と確認するように父様達を見ると無言で頷かれた。


「まだ上手くできないかもしれないですが、それでも良ければ…」


 そう当たり障りなく答える事しかできない。

 カイサル様は「かまわん」と笑顔で答えた。


「わかりました」


 皆が注目する中、今度は失敗しない様に集中してマナを操る。

 そして掌にある程度集まるったところで、放出する量をしぼって呪文を唱えた。


「我ら神の信徒に光の導きを ライトボール」


 すると今度はうまく行ったみたいで、掌の上に10㎝程度の光の球体が浮かび上がった。


「やった、今度はちゃんとできた!」


 思わず嬉しくなって大声をあげてしまった。

 ハッとして周囲の様子を窺う。


「信じられんな…」

「ええ…」

「ロゼくんすごい…」

「さすがワシの孫じゃ…」


 それぞれに驚きの声を上げる中、母様だけが心配そうに俺の体を気遣う。


「マナはまだ大丈夫なの? また倒れたりしない?」

「うん。なんか昨日よりも調子がいいみたい。 上手くできたからかな?」


 そう言って、光の玉を制御し続ける。 すると、カイサル様が豪快に笑い


「驚いたな、まさか本当に魔術を使いこなすとは。

 バルト、お前は良い息子に恵まれたな」


「はい。息子の将来が今から楽しみで御座います」


 言って父様は微笑んだ。

 すると、カイサル様は何を思ったか俺の頭に手を置いて軽く撫で、「よし、決めたぞ」と皆に宣言する。


「ロゼ、今度お前に魔術師の家庭教師を付けてやろう」


 そう言って豪快に笑った。

 え、どう言う事? 俺は恐る恐る父様と母様を見やる。

 父様と母様は嬉しそうに頷くだけで、どうしたら良いのかさっぱり分からない。

 父様の目は、カイサル様は言い出したら止まらないから諦めろと、目で語っている。 母様は家庭教師と聞いて素直に喜んでいるみたいだ。

 そんな状況で、状況について行けずにいると、何かに気が付いたのか、カイサル様は「そうだ」と付け加え


「せっかくだから私の娘も一緒に学ばせるのも良いやもしれぬな…

 アイエルもまだ三つになっておらんが、ロゼと一緒に学べばいい刺激になるだろう」


 決めたとばかりに立ち上がると俺の頭をポンポンと叩き、


「今度お前に娘を紹介しよう。 仲良くしてやってくれるか?」


 流されるままに、「はい」と俺は答えた。


 この状況で断れる訳がない…

 と言うより、家庭教師って… まさかの展開すぎて、どうしたら良いのかさっぱり分からない。 魔術を覚えてる上では素直に喜ぶべきなのだろうが、カイサル様の同い年のお子様も一緒となると、前世の記憶を持つ俺の異様さが際立つのではないだろうかと心配になる。

 考えてももうどうにもならないので、なるべく自然に振舞うように心がけよう。

 そう心に決めて問題を先送りにした。


「さて、私は家庭教師になってもらえる魔術師をあたって見るとするか…

 家庭教師が見つかるまでは、執事長… ロゼのお爺さんに勉強を見てもらうといい」


 カイサル様はそう言い残して部屋を出ていく。


「シヤ、ロゼの事は任せたぞ」


 父様もそう言い残し、カイサル様の後を追う様に部屋を出ていく。

 カイサル様にロゼの教育を任されたお爺様は顔を瓦解させ、嬉しそうに俺に歩み寄る。


「ロゼ、ジージがしっかりと教えてあげるからな」


 すごく楽しそうな笑顔だ。


「うん。 ありがとうジージ」


 そう答えると、母様が釘を刺す。


「お義父様。 ロゼは病み上がりなんです。 今日はゆっくり休ませませんと」

「おお、そうじゃったな… すまんすまん。

 ロゼ、今日はゆっくりやすみなさい」


 そう言うと部屋を後にする。 おそらく仕事に戻ったのだろう。


「メラ、申し訳ないんだけど、今日はロゼを看てやってくれるかしら?」

「畏まりました」


 そして母様も部屋を退室する。

 俺が起きるまでは心配で、仕事を後回しにしていたのだろう。

 代わりにメラお姉ちゃんが残った。


「さぁ、ロゼくん。 今日は無理せずに休みましょうね」


 そう言って、俺を寝かしつける。

 そう言われても、起きたばかりで眠くないんだけどな…

 言っても仕方ないので、今日は大人しく従う事にした。



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