第三話「我が子の才能」

 ◆


 私の名前は、バルト・セバス。

 グローリア子爵家に仕えている執事。

 普段はカイサル様の身辺警護と身の回りのお世話をし、必要に応じて事務仕事も行い、旦那様のお役に立つ為にありとあらゆる雑務をこなす。

 セバス家は代々有能な執事、メイドを輩出してきた。

 私は時期セバス家当主として、セバス家の名に恥じぬ様に振舞わねばならぬ。

 ちなみ今のセバス家当主は私の父、ガトフ・セバス。

 グローリア子爵家にて執事長を務め、家臣全体の指揮をとっている。

 先日、一人息子も生まれ、グローリア家を支えるセバス家の跡取りもできた。

 しかも、息子が生まれてから三か月後にカイサル様とアリシア様の間にはじめてとなる娘も生まれた。

 今年はなんと目出度い年なのだろう。

 ちなみに、お二人の娘の名前は、アイエル様と名付けられ、それはもう可愛らしい、天使の様なお嬢様だった。

 きっと将来は奥様の様な絶世の美女になる事だろう。

 息子の将来共々グローリア家の未来は明るいに違いない。


 ◆


 息子が生まれてから三年の月日が流れた。

 息子はスクスクと成長し、私に似た焦げ茶色の髪と、妻と同じ蒼い瞳に利発な顔立ちをしている。

 きっと将来良い執事になってくれる事だろう。

 そして、それはある日の夕食後の事だった。

 何時もの様に、旦那様の次の日の仕事の下準備をしている時、夜も更けた窓の外が突如として光に包まれたのだ。

 そしてその光と共に、妻の悲鳴が聞こえてきた事で私は焦った。


「何事だ!」


 叫び、私は状況から旦那様に敵対する貴族の襲撃を疑った。

 即座に剣を携え、悲鳴が聞こえた方へ駆ける。

 途中で同じく悲鳴を聞きつけた父とサモンが合流。

 お互いに頷き、急いで先を行く。

 そして、グローリア家の書庫の扉が開いており、中には妻のシヤとメイド見習いのメラ、そして息子のロゼが放心状態で固まって居た。


「どうした! 何があった!」


 私は状況を確認するべく、シヤとメラに問う。

 しかし二人とも状況が今一把握できていないらしく、返答が返ってこない。

 そんな状況の中、父が何かを察したのか、ロゼに問いかけた。


「ロゼ… まさかとは思うが… 魔術… を使ったのか?」


 父のその言葉に、一斉に視線がロゼに集まる。

 息子は、視線を泳がせ、「えっと………」と言葉に詰まる。

 まさか、三歳になったばかりの息子が魔術を使える訳がない。 確かに、ここ最近書庫に籠って絵本を読んでいる事が多いのは知っている。 だからと言って誰にも教わらずに、三歳の息子がマナの操作を行い、あまつさえ魔術を使う事などできるはずがない。

 しかし、しばらくの沈黙の後、ロゼは気まずそうに「……うん…」と頷いた。

 そして、立ち上がって何かを言おうとして、そのまま倒れてしまった。


「「「ロゼ!!」」」

「ロゼくん!!」

「坊主!!」


 その場に居た全員が慌てて叫んだ。

 一番近くに居た妻がロゼを抱き寄せる。


「大丈夫?! ロゼしっかりして!」

「恐らく、マナ切れによるものだな… シヤ、落ち着け、ロゼは大丈夫だ。

 マナが切れた事により眠っただけだ」


 即座に状況を判断し、慌てる妻を落ち着かせる。

 しかし、まさか本当にロゼが魔術を使ったのか?… まだロゼは三歳だぞ…

 必死に状況を整理し、考察する。

 そう言えば、なぜ父はロゼが魔術を使ったのではないかと推測できたのだ?

 そう疑問に思い、父に訊ねる。


「父上、何故ロゼが魔術を使ったと思われたのです?」


 父はバツが悪そうに髭を掻きながら答える。


「それはだな… 先日書庫で絵本を読んでやった時の事じゃ。 最初にどんな本が書庫にあるのか、ロゼが聞いてきてのぉ… それに答えたらロゼが魔術に興味を持ったのじゃ。

 それでワシは、光を灯すライトの魔術を使って見せてやったんじゃよ」


「ロゼに魔術を教えたんですか?」

「バカ言え! 三歳の子に魔術など教えるものか!

 魔術を理解できるとも思えんし、体が出来てない子供が魔術などまともに扱える訳がなかろう。 もう少し大きくなったら教えてやると言って諦めさせたわい」

「しかし、ロゼは明らかに魔術を行使した…」

「ああ、ワシも驚いておる…」


 そういって、シアの腕の中でスヤスヤと眠るロゼを見つめる。

 では、どうやって魔術を使う事ができると言うのだ。

 見せて貰ったただけでできる程、魔術は簡単ではないぞ…


「最初に絵本を読んで聞かせ、少し文字を教えてから、まだ1ヶ月も立ってないと言うのにのぉ… まさか一人で魔導書まで読み進めるとは…」


 私が考えていると、父はとんでもない事を呟いた。


「父上! それはどう言う意味ですか?!」

「どうもこうも、そのままの意味じゃ。

 ワシもそれなりに忙しいからのぉ、休暇の時にロゼに絵本を読んでやって、その時に少し文字を教えただけでロゼは理解し応用したのじゃ。

 つまり、ロゼはこの書庫の本から、ワシが教えておらん文字も覚え、魔道書までも読める様になったと言う事じゃ。

 でなければ、その机の上にある魔道書入門編の本など、まともに読んで理解なぞできまい」


 そして、ロゼの近くの机の上に、開きっぱなしの魔導書入門編の本が目に入る。

 確かに、父の言う通りだ。 父から教わった数少ない単語から文字を理解し、文章を理解しなければ魔道書を理解する事など不可能だ。

 学園で勉強を教わるにしても文字の読み書きは最低でも三年は勉強に当てられる。 それを父の休暇の日に文字を教えた程度で、一ヶ月もせずに魔道書まで読み進めるだけの知識を身につけたと言う事か…

 もしかしたら、我が子は天才… あるいは神童の類なのかもしれない。

 仮にシヤやメラが父の後に文字を教えていたとしても、一カ月もない期間に普通の三歳児が覚える事ができるとは到底思えないが…

 親の贔屓目を抜きにしても、これは将来が楽しみやもしれんな…

 私は頬が緩むのを引き締め、シヤとメラに確認する。


にわかには信じがたいが、父上の言う通りなのだろう…

 二人もロゼに文字を教えていないのだろ?」


「ええ…」

「ハイ…」


 シヤとメラが頷く。

 本当に大した子だ… 文字だけで無く、三歳でマナを感じ取って魔術を行使すしたのだから… 今は、ロゼが目覚めるのを待つとしよう。


「皆、もう夜も遅い。 明日、ロゼが目覚めたらいろいろと聞いてみよう」

「ええ、そうね…」


 シヤが頷く。


「ロゼは私が部屋まで運ぼう。

 皆は混乱しているだろうが、今日のところはゆっくり休んでくれ」

「畏まりました」

「ああ」


 メラとサモンが返事をし、書庫を退室する。


「わしも後はお前さんに任せて、寝るとするかのぉ…

 最近歳のせいか夜更かしが辛くかなわん…」


 言って、父も書庫を退室して自室へと戻っていく。

 私はシヤと抱きかかえられたロゼの側まで歩み寄ると、そっとロゼの頭を撫でた。


「シヤ、明日ロゼが目覚めたら、部屋へ食事を運んで食べさせてあげなさい。 体が出来てない状態でマナを枯渇させたんだ。 ちゃんと様子は見たほうがいい」

「はい。あなた…」

「では、部屋まで運ぼう」


 そう言うと私はロゼを抱き上げ、シヤと共にロゼの寝室へと運んで行く。

 ロゼを寝室のベットへそっと寝かせる。

 シヤはベットの脇に腰掛け、心配そうにロゼの頭を撫でる。


「シヤ、お前は明日の仕事の事は考えなくていい。 いきなり倒れたんだ… 起きた時一人だと心細いかもしれん。 そのままロゼに付き添ってやってくれ…」


「ええ、ありがとうあなた…」


 俺はシヤそっと抱き寄せると親愛のキスを送り、眠るロゼを見やる。


「私は明日の準備がまだ終わってないので、仕事に戻るとする。

 あとは任せたぞ」


 そう言うと部屋を後にした。


 ◆


 私はその足で旦那様の執務室へと足を運んだ。 先の一件を報告する為だ。

 ロゼが放った魔術は、屋敷全体を覆うほど強力なモノだった。 カイサル様も異変に気付いておられるはずだ。 館の主に事の顛末を報告するのは、私の義務でもあり、安心して頂く為にも必要な事だ。


 ――コンコンッ――


「バルトにございます。 旦那様、先ほどの閃光の件で報告に参りました」


 私は扉をノックし、扉越しに声をかける。

 すると中から旦那様が返事を返した。


「入れ」

「失礼いたします」


 そう言って執務室の扉を開き、中へと入る。

 旦那様は執務机に腰を深くかけ、書類にペンを走らせていた。

 そして一通りペンを走らせ終わると、一言「聞こう」と話しを促した。


「ご報告いたします。 屋敷を襲った閃光の件ですが、原因が分かりました」

「賊の侵入でも許したか?」

「いえ、その閃光の原因なんですが、その… 誠に申し訳ない事に、私の息子が絡んでおりまして…」

「どう言う事だ? 確かお前の息子はまだ三つになったばかりではなかったか?」


 旦那様は疑問に思い、私に確認する。


「はい。そうなのですが…

 実は、誠に信じがたい事に、息子が魔術を行使し、暴走させた事が先の閃光の原因だと判明いたしました」


 旦那様はその報告を聞き、「何を冗談を言っている?」と困った顔で聞き返してきた。 私自身、信じがたい事実である事を承知している。

 だが、状況証拠と本人の言質はとっているので、事実なのに説明に困る。

 私は説明を続ける。


「旦那様、冗談ではないのです。

 私も先ほど現場に駆け付けて確認して驚いている次第でして… 旦那様がそうおっしゃるのは御もっともだと思います。 ですが、状況証拠と父の発言から導き出される答えが、三歳の息子が魔術を行使したと言う事実なのです」


 困った様にそう報告すると、旦那様は一考すると「詳しく聞こう」と続きを促した。


「はい。 一月ほど前からになりましょうか、私の父が休暇の時に、息子を絵本を読んで聞かせる為に書庫へ連れて行ったのです。

 その時、息子が魔術に興味を持ったそうで、父はライトの魔法を見せてやったそうです。

 父は息子に魔術はまだ教えるには早いからと教えず、その時は絵本を読んで聞かせ、一緒に簡単な読み書きだけ教えただけだそうです。

 それから暫く息子が書庫に籠る様になりまして、よほど絵本が楽しかったのかと特に気にも留めていなかったのです…

 ですが、この一カ月程で息子は自力で魔導書入門編を読み進め、実際に魔術を行使してみせた。と言うのが事の顛末の様です。

 息子が座っていた机に魔導書入門編の本が開かれておりましたので、状況証拠的に推察いたしますと、息子がライトの魔術を行使し、暴走させた結果があの閃光に繋がった… と考えるのが一番しっくりときます」


 私が説明を終えると、旦那様は考察する様に考え込む。

 おそらく私と同じく常識的に考えるとあり得ないが、状況証拠であり得るかどうか、それを試案しているのだろう。

 少しすると旦那様は口を開く。


「なるほど…

 もし事実なら、お前の息子は三歳にして魔術の才能があると言う事になる」

「はい…私も驚いております」

「マナの操作は大人でも簡単に習得できるものではない。

 それも体が出来ていない三歳児が習得したとなると前代未聞の快挙だ。

 して、お前の息子の名はなんと言ったか?」

「ロゼに御座います」

「そうか、ロゼは今はどうしている?」

「マナ切れにより眠っております。

 明日、目が覚めたら詳しく事情を聞こうかと思っております」


 私がそう答えると、旦那様はまた一考するそぶりを見せ、続ける。


「そうか、せっかくだから目が覚めたら私も同席しよう。

 実際にこの目で確かめてみたいからな…」


 言って意味深な笑顔を浮かべる。

 あ… この笑顔はアレだ… 強者になりうる逸材を見つけた喜びと、それが家臣になると言う喜びの現れだろう…

 旦那様に仕えて居て分かった事だが、彼は常に強者を求めている。

 敵対貴族からの刺客を、力で返り討ちにできるのは旦那様ぐらいのモノだろう。

 王国との戦争で活躍した旦那様だが、その性格があったからこそ、多大な戦功を挙げられたのだと今は思う。

 我が息子ながら三歳にして、我が帝国の英雄に目をつけられるとは、将来が楽しみな様な不安な様な… 私は心の中で苦笑せずにはいられなかった。


「畏まりました。 その様に手配いたします」


 私は旦那様に一礼すると、旦那様は頷く。


「では、私はこれにて失礼いたします」

「ああ、ご苦労」


 そう言って旦那様の執務室を後にした。


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