第一章 神童の誕生編

第一話「新たな世界」

 ◆


 俺が物心着いたのは、三歳になった頃だった。

 それまでは、ふわふわした感覚で、意識ははっきりせず、ただ眠っていた様な感覚だった。 それも、三歳の誕生日を迎える前くらいから、断片的にだけど過去の記憶が蘇る。

 こんな事、普通では考えられないかも知れないが、確かに俺には過去の記憶があった。


「ロゼ、朝ですよ…ほら、起きなさい」


 俺を抱き起こし、優しくあやす。

 彼女は俺の今世の母。

 ブロンドの髪を丁寧にまとめ上げ、ピシッとしたメイド服に身を包み、この屋敷のメイド長を務めている。

 今起きたばかりの俺の頭を、仕方ないわねっと言った感じで優しく撫でてくれる。

 俺は目を擦り、それに応える。


「うん。おはよう…ママ」

「ロゼ。ママじゃなくて母様でしょ?

 セバス家として、グローリア家の従者として、礼儀作法は大事なのよ。

 ロゼももう三歳になったんだから、少しづつ言葉遣いを覚えていきましょうね?」

「はい、かーさま」

「よくできました」


 そう言うと母様は、俺の頭を優しく撫でてくれる。

 言葉遣いが俺らしくないかも知れないが、記憶が蘇る前の喋り方は、変えない方が自然だろう。 変に思われても困るしな。

 それに、はじめて感じる家族と言う存在。 前世の俺は、生まれながらに孤児であり、生きる為に日々必死だった。 勿論それでも大切な人は居た。 だが、結局最後まで護れなかった。 その後悔が頭をよぎり、目の前の幸せが、とても尊いモノに思える。

 生まれ変わって、本当の家族から注がれる愛情は、こうも暖かく、そして安らぎを与えてくれるとは知らなかった…… それを過去の記憶がある事で崩したくない。 今はまだ、非力な俺は護られる存在だけど、俺は今度こそ大切な者を護れる様に強くなろう。 

 そう心に誓った。

 俺が母様の顔を見ながらそんな事を考えていると、不思議そうな顔で母様が「どうかしたの?」と心配して問いかけてきた。

 俺は首を振り、「ううん。なんでもない」と気持ちを切り替える。

 母様も「そう?」と不思議そうに返事を返し、「なら早く顔を洗ってらっしゃい」と俺の背中を押す。

 言われて俺は「はーい」と子供らしく返事をするとベットから降りて洗面器で顔を洗う。

 何気ない日常が、ほんとうに幸せに思えた。


 ◆


 洗顔をして服を着替えると、食堂に向かう。

 お仕えするグローリア家は、敷地内に本邸と別邸に分かれて建物があり、本邸にグローリア一家が住まい、その本邸と連絡通路でつながれた別邸に家臣は寝泊まりしている。 そのため、グローリア家の食卓とは別に、家臣達が食事をする食堂もあり、そこでいつも朝食となる。

 家臣達の朝食は、主人の朝食の後になる。

 食堂に着くと、俺は備え付けられた子供用の椅子に座らされる。

 少しすると、メイド服を着た赤い髪の少女が食器をトレイに乗せて運んできて、目の前に並べる。


「ロゼくん、もうちょっと待ってね」


 少女はニコやかに俺に笑いかけ、テーブルに食器を並べていく。

 彼女は、母様の下でメイド見習いをしていて、何時も俺にやさしくしてくれる。

 確か今は十三歳だったかな。十二歳の時にこの家に来て、それ以来メイドとして修業の日々を送ってる。 俺が物心ついた時から側に居たので、お姉ちゃんみたいな存在だ。

 少しして、今度は母様が、厨房から出来立ての食事を乗せたトレイを運んできた。

 そして、食器を並べ終えたメラお姉ちゃんに指示をする。


「メラ、申し訳ないんだけどバルトとガトフ様を呼んできてくれないかしら? 二人とも執務室に居るはずだから」

「畏まりました。 シア様」


 そう言って一礼すると食器を並べ終えた彼女は食堂を出ていく。


「ロゼ、もう少し待ってましょうね。 皆が揃ったら食事をいただきましょう。

 サモンさんが今日はロゼの大好物を用意してくれたのよ、良かったわね」


 そう言って俺の隣の席に腰掛ける。


 少しして、サモンと呼ばれた男が手を拭きながら厨房の方から出てきて、食卓に座る。


「坊主。 今日はお前の好きなハチミツも用意してるからな、しっかり食べて大きくなるんだぞ」


 そう言って、豪快に笑う。


「うん。 ありがとう、サモン小父さん」

「ロゼ、返事はハイでしょ」


 空かさず母様の訂正が入る。

 どうも口調が慣れない… 過去の記憶があっても、やはり生まれてからの習慣と言うのは、なかなか治らないモノなのか、つい普通に返事をしてしまう。


「はい。 かーさま、気を付けます」


 ショボンとしてると、メラと呼ばれた少女が父様とお爺様を連れて戻ってきた。


「待たせたな」


 父様はそう言うと母様の隣に腰掛ける。

 父様は執事服をビシッっと決め、グローリア家当主であるカイサル様の直々の秘書も務めている。

 武術の心得もあるので、カイサル様の護衛も兼任しているらしい。

 そんな父様の後に続いて入ってきたのは、この家の執事長を務めるガトフお爺様。 年を重ねた威厳ある雰囲気を纏い、静かに僕の向かいの席に着くと、その表情を和らげる。

 その後からメラお姉ちゃんが入ってきて、母様の向かいの席に腰掛けると姿勢を正した。


「それでは頂きましょうか」


 母様がそう告げると皆が一斉に胸の前で手を組んで祈る様に目を閉じる。


「「「「我らを育みし神よりの恵みに感謝を」」」」


 俺も見様見真似でそれに続く。


「われらをはぐくみしかみよりにょめぐみにかんちゃを」


 あ、噛んだ…

 舌足らずな自分がモドカシイ…

 殺し屋だった前世の俺からは想像もつかない失態だ。


 そんな俺を目に、メラお姉ちゃんとお爺様は「クスッ」とほほ笑む。


「ロゼは可愛いなぁ、後でジイジと遊ぼうなぁ」


 そしてお爺様はそんな孫の姿に表情を瓦解させ嬉しそうに笑う。

 むちゃくちゃ恥ずかしい… 俺は顔を赤らめる。

 仕方ないだろ、この体思うように舌が回らないんだから…

 何人もの人を殺して来た俺も年齢には勝てなかった。 威厳もなにもあったもんじゃない。 一人心の中で言い訳しながら食事に手を付ける。

 そして、少し食べた所で、父様が口を開いた。


「メラ、どうだ? 少しは仕事には慣れたか?」

「はい。 シア様にも色々教えて頂いて、よくして頂いてますし仕事にも慣れてきました。 それに旦那様や奥様にも良くして頂いております」

「そうか、何か困った事があれば遠慮せずに言いなさい。 グローリア子爵家はまだまだ新興貴族。 家臣も少ない。 これから私たちがカイサル様やこの家を支えていかなければならない。

 私たちは家族だと思って共にグローリア家を支えていこう」

「はい、バルト様。 精一杯務めさせていただきます」


 メラお姉ちゃんは軽く一礼すると食事を続ける。

 そんなやり取りを横目に食事をしていたら、口の周りがベトベトになっていた。

 母様は「仕方ないわねぇ」と言いながら俺の口を拭う。

 どうもまだこの体には馴染めてないな… そうだ、せっかく過去の記憶もはっきりしてきたし、この世界の事を勉強しよう。 お爺様が遊んでくれるって言ってたし、本でも読んでもらえばいろいろ分かるかもしれない。

 少なくともこの世界は、俺の記憶にある世界とは言語も文字も違うみたいなんだ。 お父様の仕事場に遊びに行った時に見た書類の文字は、まったく読めなかった。 今自分が置かれている状況をしっかり把握することが最優先だと思う。


「ねぇ…ジージ」

「ん? なんだいロゼ?」

「ごはんたべたら、ご本読んで」

「ああ、いいとも」


 お爺様は孫からのお願いに、顔を瓦解させながら喜んで応えた。

 そんなやり取りを母様と父様はあきれて見ていた。


 ◆


 そして食事を終えた俺は、お爺様に抱きかかえられ、屋敷にある書庫に連れられて着た。

 書庫には色々な本が収められており、お爺様に内容を聞いてみたところ、児童向けの幼児書に始まり、歴史書に治世書・薬学書から剣術書・魔導書と、その数はなかなかの物だった。

 と言うか、魔導書ってなんだよ…

 科学の時代に生きてきた俺からすると、そんな非科学的な書物がある事自体理解に苦しむ。

 地球に居た時にもこの手のモノはあったが、それは古代文明が人心を掌握するための手段として用いられてたモノだ。 そんなものがこの世界でも必要なのだろうか…

 俺は疑問に思ったのでお爺様に質問する。


「ねぇジージ。 まどうしょって?」


「ん? ロゼは魔導書に興味があるのかい?

 魔導書とは、魔術を使うために必要な知識が書かれた書物の事だよ」


 うん。 意味が分からない。

 読んで字の如くみたいな説明じゃ、はっきり言って何のために必要なのか理解できない。

 俺が首をかしげていると、お爺様がそうだと何かを思いつき、


「ロゼ。 これからジイジが魔術を見せてやろう」


 そう言うと、お爺様は呪文を唱え始める。


「我ら神の信徒に光の導きを ライトボール」


 お爺様が唱え終えると、手のひらから光の玉が現れて、辺りを照らし出す。


「ロゼ、これが魔術じゃ。 魔法とも言う。 覚えておきなさい」


 俺は驚いた。 何もない空間から光の玉が出現したんだ、驚かない方がおかしい。

 この世界での魔道書って言うのは、本当に文字通り魔術を使う為の書物なのだ。 これは、正直にすごい。 科学的に証明できるのだろうか? 絶対に物理法則を無視してると思う。

 もしこの魔術が使える様になれば、今はまだ非力で護られる側でしかない俺も、もしかしたら大切なモノを護れる力になるかもしれない。

 俺はそう思い、素直にお爺様に教えを請う。


「ジージ。 すごい… どうやったらつかえるの? 教えてジージ」


「ハッハッ、まだロゼに教えるには早いな。

 体もできてないし、ロゼがもう少し大きくなったら教えてやろう」


「ぜったいだよ、ジージ」


「ああ、約束だ。 さ、どの絵本を読んでやろうかの」


 言ってお爺様は児童書から一冊の絵本を開き俺に読み聞かせる。

 俺はお爺様の膝の上で絵本を見ながら、いろいろと質問しながらこの世界の文字を頭に叩き込んで行った。 まぁ、絵本の内容としては、神々がこの世界を創造し、その内の邪神が魔物を生み出し、人々を苦しめる。 それを神々の信徒に魔法の力を授けて、人々を導くと言った内容だった。

 他にも、魔物の王が誕生したときに活躍した英雄の物語だったり、邪神を討伐した勇者の物語だったり、ありふれた内容の絵本が数々あった。

 内容は正直言ってつまらなかったので、詳しい内容は割愛する。

 そうやって、お爺様から色々な絵本を読み聞かせてもらって居て分かった事だが、この世界は魔法や魔物が当たり前の様に出てくる。

 騎士や王様、お姫様。 中世のヨーロッパの世界に、魔法と魔物がプラスされた様な世界であることがなんとなく分かった。

 お爺様の話を聞く限り、創作とはとても思えなかった。

 だって「若いころにはレッサーデーモンを素手で退治した」だとか、訳の分からない事を言っていた。

 とりあえず「ジージすごーい」と褒め称えておいたが…

 ある程度児童書が読み終わったあたりで、この世界の言語はだいたい覚えた。 若い脳は真綿が水を吸収するみたいに、ものすごく物覚えがいい。 過去の俺にはまず無理な速度で覚えられた。

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