プロローグ後編「死神同士の戦い」

 ◆


 目が覚めるとそこは、見知らぬ倉庫の中だった。

 首筋の辺りが傷み、意識がだんだんとはっきりしてくる。

 私は小父様の葬儀に参列していて、トイレに立った後、変な男が私に声をかけてきて…

 そこから意識がはっきりしない。

 痛む首筋に手を当てようとして、自分が縛られている事に気がついた。

 ハッとして辺りを見渡す。

 そんな私の様子に気がついたのか、近くのソファーに腰掛けていた男が、声をかけてきた。


「よう、嬢ちゃん。 目が覚めたか?」


 寛いだ体勢で、警戒する私を気にも留めずに確認する。 状況から判断するに、私は囚われの身という事が分かる。 それも生死も自由も相手に握られた状態でだ。 私は恐る恐る男に尋ねる。


「貴方は誰? ここは…」

「俺はブラッドレイン。 最強の殺し屋だ… 嬢ちゃんには人質になって貰いたくてね。 どうだい、黒き死神の弟子にも関わらず人質になった気分は?」


 言ってブラッドレインと名乗った男はニヤリと笑う。

 自分が最悪の状況に置かれている事は、なんとなく想像していたとは言え、まさか先輩と同じく、北方で名の知れた殺し屋に捕まっていたとは、予想外にも程があった。

 これでも私は先輩に鍛えてもらっている。 その私を、いとも容易く捕らえて人質にしたのだから、その腕前は計り知れない。


「…私をどうするつもり?」


 男を睨み付けながら問う。


「何、黒き死神に招待状を送ってね。 逃げられない様に君を人質に取らせてもらったのさ」


 悪びれる様子もなく、ただ楽しげにそう答える男。


「先輩の足をひっぱるくらいなら私は死を選ぶ。 人質になって先輩に迷惑かけられない」


 覚悟を決めて私は男にそう応える。


「おいおい、勘違いしないでほしいな。 別にお前を人質にして無抵抗なアイツを始末するつもりなんて無いぞ。 たく、そんな事しても面白くないだろ…」


 男はヤレヤレと言った雰囲気で私の言葉を訂正する。


「お前には俺と黒き死神、どっちが最強かを見届ける生き証人になって貰う。

 最強の殺し屋は一人で十分だからな… だから、お前を人質に卑怯な真似はしないとここで誓おう」


 男は言って、注いだブランデーを飲み干す。


「ただ、本気の黒き死神を相手にしないと、本当の意味で最強とは言えない… その為にお前のところのボスを殺し、こうやってお前をさらったんだ… その意味が分かるよな?」


 男は悪びれた様子もなく、さも当然と言った雰囲気でそう応える。

 待って、この男は今なんて言った? 小父様を殺した? 私はその言葉を聞き、殺気を男に向けて叫んだ。


「あなたが! あなたが小父様をっ!!」


 冷静さを無くし、手足を拘束されているのも忘れ、目の前の仇を殺すつもりで暴れる。

 しかし、手足の拘束は思いのほかしっかりとしていて、解ける気配はない。

 暴れる私に男は歩み寄ると、私の殺気を涼しい顔で受け流し、私の顔を片手で掴み顔を固定する。


「強気な女は嫌いじゃないぜ… どうだ? 俺の女になる気はないか」


 男は嬉しそうにそう言って笑う。


「ふざけないでっ!」


 私は腹が立って男の顔に唾を吐きつけた。

 男は頬に付いた私の唾を指で拭い取り、その指を舐める。

 その行動の気持ち悪さに、私は背筋が震えた。


「残念、結構本気だったんだがな… まぁ、力ずくで俺の女にするのも悪くないな」


 そう言うと男は、私の胸倉を掴み、力任せに服を引き裂いた。


「―っ!」


 破れた服の間からあらわになった私の胸を、男は顎に手を当てて見つめる。

 両手を後ろ手に縛られているので隠すことも出来ない… 先輩にも見せたこと無いのに、こんな男に見られるなんて… 負けるもんか、こんな男に… 私は男を睨み付ける。


「あなたの物になんて死んでもなるもんか! 私に手を出してみろ、舌を噛んで死んでやる!」


 男は私の言葉を無視して徐に呟く。


「んん~30点ってところか…… まぁ、服の上からでも小ぶりなのは想像できたが、肉付きが足らんな。 全然そそられねー」


 ムカッ!


「悪かったわね! 小ぶりで!」


 この男ムカつく。 本気でムカつく。


「安心しろ、今お前を食う気は無い。 後5年くらい待てば食べ頃かもしれないがな」


 言って男は私に興味をなくし、ソファーに座りなおす。

 悪かったな、これでも私は十八歳だ。 これ以上発育が望めないなんて口が裂けてもいえない……

 自分で思って情けなくなって、なんかまた腹がたってきた。


「誰がお前なんかに食われてやるもんか!」


 そう粋がるのが精一杯の抵抗だった……


「生きが良いし顔立ちも好みなんだがなぁ… 残念だ」

「ふざけやがって、絶対殺してやる」

「黒き死神を殺した後でなら、いくらでも相手になってやる」

 男はそう言って笑う。 そしてもう一度私の姿を見定めた男は、納得した様に頷き。


「いい感じだ。 お前のその姿を見た奴が怒り狂う姿が目に浮かぶ。 ガチで殺りあえそうで今から楽しみだ」


 楽しそうに笑う男。

 私は自分の無力さを嘆き、「ごめんなさい… 先輩……」と男に聞こえない声で呟く事しかできなかった。


 ◆


 時は少しさかのぼる。

 ミッドレイの組織を潰し、ブラッドレインの手紙を読んだ俺は、急ぎ葬儀場へと戻ると、周囲の様子を確かめる。 部下達は葬儀を粛々と進めている以外はこれと言って変わった様子はない。

 だが、その中に雪桜せっかの姿が見当たらない。

 一足遅かったか…… 俺は近くに居た部下に尋ねる。


「セッカの姿が見えないが何処にいる?」


 尋ねられた男は首を振り答える。


「セッカの姉御の姿が途中から見えなくて、俺らも探したんですが…」

「誰かに言付ことづけは?」

「ありません」


 その部下の言葉を聞き、「そうか……」としか呟けなかった。

 この状況で姿がないと言うことは、攫われたのは雪桜せっかだと言う事だ。 ただ、雪桜せっかも俺が鍛えた手練れの一人だ。 そう簡単につかまったとは思えない。 この場の誰も彼女の行方が掴めていない状況に、俺は不安を覚えた。

 ボスを手にかけ、雪桜せっかまでその手にかけようとする。 ブラッドレイン… 奴は俺から大事な者を奪う俺の敵だ。

 俺は部下達にはなにも告げず、一人葬儀場を出る。


「ボス… すみません。 ボスだけでなく、ボスの親友の娘まで……

 俺の力が足りないばかりに… 必ずセッカは俺が救い出して護って見せます」


 そうボスが眠る葬儀場に振り返り呟くと、決意を目にその場を後にした。


 ◆


 まずは、手紙に指定されてあった場所に向かう。 もちろん、残弾の補充と武器の調整を行った上でだ。 念のためにサバイバルナイフと、投擲用のナイフも補充し、雪桜せっかから貰った日本刀を腰に着ける。

 仮にも雪桜せっかを攫った腕前の持ち主だ。 油断はしない方がいいだろう。

 指定されたのは三日。 だが、わざわざ相手に合わす必要はない。

 場所を車の中から確認すると、俺は車を降り、指定された建物へと踏み入れる。

 指定された場所は、廃工場の一角。 むき出しの鉄筋に錆びたパイプやドラム缶が放置され、雑草が生え並ぶ。 しかし、そこには人の気配はおろか、動物の気配もない。

 慎重に中に踏み入れて行く。

 そしてある部屋の扉を開けると、破棄されたホワイトボードに俺へのメッセージが書かれていた。


----------------------------------


よう、黒き死神。

このメッセージを読んでるって事は、予想通り早速乗り込んで来たか。

だが、アポの無しに来るのは少々マナーがなってねーな


だが残念ながら、お前のお目当ての娘と俺はここには居ない。

安心しろ。 正々堂々勝負するのが俺の目的だ。

お前が約束を反故にしない限り、人質を盾にする事はないと誓おう。


わざわざ三日を指定したんだ。 しっかりパーティー会場の下調べを済ませてくれよ。 せっかく招待したんだ。 俺だけに地の利があったんじゃ面白くないからな。


これでお互い公平に殺り合える。 どっちが負けても恨みっこ無しだぜ。

真の最強をかけて楽しもう。


当日、十三時きっかりにここへ来い。

間違っても待ち伏せしたり、フライングするんじゃねーぞ

せっかくの勝負が台無しになるからな。

そん時は容赦なく、人質の娘は殺させて貰う。


----------------------------------


「くそっ!」


 俺は力任せにホワイトボードを殴り飛ばした。

 すべて奴の掌の上で踊らされている…… だが、手がかりになるものは残されていない。 三日まで、こちらから攻める事ができない歯がゆさに、俺は自分の無力さに唇を噛んだ。


 ◆


 その後、廃工場の地の利を一通り把握した俺は、知り合いの武具屋で装備を整え、雪桜せっかを救う為に最善を尽くして準備を整える。


 そして指定された三日の十三時。 太陽は真上に昇り、この世界を照りつける。

 俺は廃工場へと足を踏み入れると、中から男が嬉しそうに声をかけてきた。


「待っていたぞ! 黒き死神」


 言って男は嬉しそうに笑う。


「約束どおり来てやったんだ。 セッカは無事なんだろうな? ブラッドレイン!」


 言って男にありったけの殺気をぶつける。


「心地いい殺気だ、いいねぇ、そうこなくちゃ面白くない」


 男は楽しそうに笑う。 そして辺りの気配を覗い、言葉を続ける。


「ちゃんと独りで来たみたいだな。 嬉しいねぇ、これほどの手練れと殺り合えるってだけで、ワクワクするぜ」


 男はそう言っておどけて見せ、俺を睨み返して抑えていた殺気を開放する。


「安心しろ、お前の女はちゃんと生きてるぜ」


 言うと男は、クレーンのレバーを取り出すとスイッチを操作する。

 すると、クレーンに後ろ手に二の腕ごと縛られた雪桜せっかが、あられもない姿で運ばれてくる。

 靴は剥ぎ取られ、スカートの下から覗くニーソックスは引き裂かれ、片方の足は素足を晒している。

 そして、胸元の服も無残にも引き裂かれ、胸があらわになっている。


「セッカ!」


 そんな雪桜せっか姿に、俺は思わず叫んでしまった。

 状況からみるに、コイツは雪桜せっかを… そう思うと怒りが込み上げて来る。 目の前のこの男に… そして自分の無力さと不甲斐無さに……

 雪桜せっかは気を失っているのか、ぐったりとした姿で動く気配がない。


「貴様っ! セッカに何をした!」


 怒りと殺気のこもった視線を男に飛ばし、銃口を男に向け、問い正す。


「そう慌てんなって… ちょっと暇つぶしに遊んだだけだ。 命には別状ないぜ ククッ」


 悪びれる様子もなく、男はおどけてみせる。


「貴様ぁあ!!」

「おーっとまだ撃つなよ。 打ったらそこの女は死ぬぞ」


 そう言って男は何かのスイッチらしきものを目の前に翳す。


「このスイッチは、あの女の背中に括りつけた、高圧電流を流す拷問器具のスイッチだ。 元々は拷問・処刑用の器具なんだが、少々改造してな。 ボタン一つで致死量の電流を流す事も可能だ。

 今俺を撃てばあの女に高圧電流が流れて、まず助からないだろうな」


 俺は銃口を向けたまま、歯を食いしばって絶える。


「嘘だと思うか? なら軽く実演と行こうか」


 男はそう言うとおどけて見せる。


「安心しろ、俺も見届け人を殺すつもりはない。 ただ、このままじゃ目覚めるまで殺し合いができないからな… 軽く気を失ってる彼女を起こす為に、殺さない程度の電流を流すだけだ」


 言って男は笑い、ためらい無くスイッチを押す。

 すると雪桜せっかの体がビクンッと痙攣し、目を見開いて悲鳴を上げる。


「いぃぎぃぁああああああ!!」


 その目には涙を浮かべ、苦悶の表情を浮かべている。


「やめろぉ!!!」


 叫ぶ俺。

 男はすぐにスイッチを切ると、電流から開放された雪桜せっかは脱力し、うっすらと瞳を開く。


「いい音色だ。 もっと聞いて居たいが、これ以上やって死なれたら困るからな…」


 言って男は楽しそうに笑う。

 目を覚ました雪桜せっかは、荒い息を整えながら、徐々に意識がはっきりしていき、周囲の状況を確認する。 そして俺の姿が目に入ったのか、一気に覚醒して叫ぶ。


「センパイ!!」


 そして、自分の置かれている状況をすぐに把握したのか、身を捩り、恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らした。


「さぁ、観客も目が覚めたみたいだし、お待ちかねのショータイムと行こうじゃないか。 なぁ… 黒き死神さんよぉ」


 そう言って、満面の笑みと殺気を俺に向ける。


「勿論この女を以降人質にするつもりはない。 俺はお前と本気で殺り合えればそれでいい」


 そう言うと銃口を雪桜せっかに向ける。


「受け取れ」


 そう言って処刑器具のスイッチを、俺の元へと放り投げた。

 銃口を雪桜せっかに向けたのは、その隙に俺が銃を撃つのを警戒してだろう。

 俺がスイッチに目を一瞬そらしたその隙に、男は物陰に隠れる。


「チッ」


 俺は流れる様にスイッチを回収すると、物陰に隠れ、スイッチの中の電池を抜き取り、スイッチを破壊する。 これで、雪桜せっかが電流で死ぬ事は無いはずだ。 相手が予備のスイッチでも持ってない限り…

 目的がアイツの言う通りなら、雪桜せっかの命は大丈夫ななずだ。 後は、俺がアイツを殺して、雪桜せっかを救い出せばそれで済む。


「よー 黒き死神。 準備はいいか?」


 物陰から男の声だけが響き渡る。

 俺は銃を両手に構えて、周囲を警戒して応える。


「本当に、セッカには手を出さないんだろうな?」


 俺がそう問いかけると、男は応える。


「ああ、神に誓って手は出さないと約束しよう。

 それに殺したら俺が最強だって言う生き証人が、居なくなって困るだろ。 疑う気持ちは分かるがそこは信用しろ。 俺が勝っても、その女だけは殺さずに助けてやる」

「分かった… いいだろう」

「ああ… じゃ、始めようか」


 俺は一気に集中力を高め、男の声がしたほうに駆け出す。

 俺を狙って撃ってくる事は分かっている。 男も楽しそうに俺に向かって駆けてくる。 お互いに銃弾が当たるとは思っていないのだろう。

 嬉々として銃を撃つ男と、それを避けながら応戦する。

 銃弾と銃弾が空中で弾け跳び、お互い間合いを詰めて銃撃と対術の応酬を繰り広げる。


「はははっ。 噂道りやるな! 黒き死神! こんな楽しい殺し合いは始めてだぞ!」


 殺気を放ちながらも楽しそうに笑う男。

 狂ってやがる…

 俺は、ゼロ距離から銃弾を叩き込む為に、自らの技術と経験をすべてを発揮し、相手を殺す事だけに集中する。 だが相手も同じ考えで、俺にゼロ距離射撃を叩き込もうと動いている。 お互いの力が拮抗している事がはっきりと分かる。

 どうすれば、奴に勝てる? 俺は必死に戦いながら考えた。


 ◆


 時は少し遡る。

 あの男に捕まった後、私は二日間監禁され、今も酷い状態だ……

 抵抗できない様に縛られたまま、トイレにも行かせて貰えず、ただ耐える。

 そして、私の訴えを拒否し続け、私がついに漏らすのをあの男は楽しそうに眺め、嘲笑う。 本当に鬼畜すぎる……

 汚物に塗れて、全身痒い。 お陰で私の精神は可笑しくなりそうだ。 それに、与えられるのはホースの水のみ、空腹とストレスで私も限界が近い…… たった二日でこんなに辛くなるとは思いもしなかった……

 そして、数日後の朝、男は私を監禁していた部屋へ入るなり「流石に臭いな」と、 鼻をつまんでそう呟いた。

 ふざけやがって、この変質者が… 誰のせいだと思ってる!

 私がキッと睨み付けるが男は無視してホースの水を私に頭からぶっ掛ける。


「さっさと洗って移動するか」


 そう言うと私の体に水を掛け続け、汚れた体を洗い流す。

 服ごと水浸しにされた私を、男はそのままタオルで拭きとり、濡れたままの服は無視して、そのまま私を車のトランクに押し込むと、どこかへ車を走らせた。

 着いた場所はどこかの廃工場。

 そのまま引っ張られて廃工場の中へ入ると、男は私の首筋を強打する。 そして私の意識はそこで途切れた。


 ◆


 そして、私は全身を駆け巡る電流の痛みに、体を硬直させ、苦悶の表情で目覚めと同時に叫んだ。


「いぃぎぃぁああああああ!!」


 全身が痙攣けいれんし、言う事を聞かない。 息が出来ない…

 少しすると電流が止み、開放された私の硬直した体は脱力し、力が入らない。 息が出来きず、酸素不足を補う為に必死で息を整える。


「ハァ… ハァ…」


 うっすらと目を開け、辺りを覗う。

 どうやら、意識を失ってから、男に縛り直されたらしい。

 服は更に破かれ、靴も剥ぎ取られている。 しかもニーソックスまで破かれて、片足は脱がされている。 はっきり言って恥ずかしくて死にそう…

 そして、私の目に、先輩の姿が目に飛び込んだ。


「センパイ!!」


 思わず私は叫んで、自分の置かれている状況を思い出して、恥ずかしさのあまり身を捩る。

 両手両腕を縛られた私は、恥ずかしさで顔を覆いたい気持ちになるがそれも出来ず、無駄な抵抗と知りつつ身を捩って、先輩から目を逸らすことしか出来ない。

 先輩に私のこんな見っとも無い姿を見られ、どんな顔をしたらいいのか分からない… 助けに来てくれて嬉しい。 けど恥ずかしすぎて死にたい……

 そんな私の心の葛藤かっとうを無視して、先輩とあの変体男は話を進めている。


 男は私に銃を向けると、先輩に何か投げ渡し、物影に隠れる。

 先輩はソレを受け取ると同じ様に物陰に隠れた。


「よー 黒き死神。 準備はいいか?」


 物陰から男の声だけが響き渡る。


「本当に、セッカには手を出さないんだろうな?」


 先輩が私の事を気に掛けてそう物陰から男に問う。


「ああ、神に誓って手は出さないと約束しよう。

 それに殺したら俺が最強だって言う生き証人が、居なくなって困るだろ。 疑う気持ちは分かるがそこは信用しろ。 俺が勝っても、その女だけは殺さずに助けてやる」

「分かった… いいだろう」

「ああ… じゃ、始めようか」


 二人の会話が続き、終わると同時に物陰から二人が飛び出し、銃を撃ちながら交差する。

 はっきり言って、二人には銃の弾が見えているのか、紙一重で避けながらお互いに接近し、数度撃ち合う。

 人外の領域に足を踏み入れた二人の戦いは、黒の死神の弟子である私でも目で追うのがやっとだ。

 少しでも間合いが開けば銃弾は軽々と避けられ、お互いにゼロ距離から銃弾を撃ち込もうと、対術による接近戦を繰り広げる。

 先輩は兆弾を利用し、男を狙い撃つ。

 それを男は紙一重で避け、驚いた顔を一瞬覗かせた後に楽しそうに笑う。

 まるで二人は、生死をかけたダンスを踊っているかの如く、舞い踊り、徐々にお互いにかすり傷が増えていく。

 そして、先輩の放った弾丸が、私の二の腕を縛っているロープを掠める。

 二人は戦いに集中していて、全然気付いてない。 これなら、今の私でも抜け出せるかもしれない。

 私は必死に体を捻り、切れかけのロープを引っ張る。

 先輩と男の攻防は、銃撃戦から、バトルナイフでの応酬に変わっている。

 先輩はナイフと日本刀で相手を殺すべく斬り結び、男のバトルナイフと火花を散らす。

 間合いが少しでも開けば、先輩の日本刀が空を斬り、近づけばナイフとバトルナイフが火花を散らす。

 武器のリーチは先輩が有利だが、接近すればバトルナイフを二本扱う変体男が有利。

 お互いに自分の有利の間合いに持っていこうと切り結ぶ。

 私は必死にもがいた。 少しでも先輩の助けになる様に、この膠着こうちゃくした戦闘を終わらせる為に。 私が間に割って入ってどうなるか分からない。 でもこのまま黙って見ているなんて出来ない。


 そして、その時は来た。

 切れかけていたロープがついに切れ、私の体が宙を舞う。

 私は切れたロープの端を掴み、落下速度を緩めると、地面に着地する。

 裸足の足に、衝撃がモロに伝わってきて痛いけど、そんな事は今はいい。 先輩を助ける。

 私は気配を消し、戦う二人に駆け寄ると、男の隙をついて背後から飛び掛った。


 ◆


 銃弾が尽き、お互いに銃を捨ててバトルナイフで対峙する。

 男はバトルナイフを両手に持ち、隙無く構える。

 俺は左手にサバイバルナイフと、右手に雪桜せっかからもらった日本刀を抜きはなって構える。

 リーチは俺の方があるが、接近されすぎれば不利だ。 俺はそう状況判断を下し、間合いを取る。 向こうも同じ事を考えているのが手に取る様に分かる。 男は逆にいかに俺の懐にもぐりこもうかと、隙を覗っている。

 そして仕切り直しと言わんばかりに男は俺に間合いを詰める。

 俺はそれを日本刀で牽制しながら相手の攻撃を弾き、返す刀で攻撃する。 そんな攻防が続き、お互いにかすり傷が増えていく。 どっちも決め手に欠け、神経が削られていく。 集中力を切らした方が負ける。 そうして幾度と打ち合った時だった。 俺の視界に雪桜せっかの姿が飛び込んだのは……

 思わず目を見開く。

 男の背後から飛び掛かった雪桜せっかは、隙をついて男の振り上げた手を掴み、男の動きを阻害したのだ。


「なにっ!」


 いきなり死角から現れた雪桜せっかに、男も俺との戦いに集中してたのか不意を突かれ、俺に大きな隙を晒した。

 殺し合いに卑怯もなにもない。 生きるか死ぬかだ。 俺はその隙を逃さず、男の心臓目掛け、刀を突き放った。

 しかし、男も流石一流の殺し屋だ。 一瞬の判断で身を捻り、致命傷を避けると男は顔を歪め、神聖な勝負を邪魔された事に怒りの声を雪桜せっかに向けた。


「このあまぁ!」


 男は突きを躱しきれず、切り裂かれた胸から大量の血を流しながらも、俺が刀を引くよりも早く体勢を整え、即座に雪桜せっかの腕を取って、彼女を盾に背後に回る。

 流石に一流の殺し屋だ。 動きに無駄がない。

 そして、片腕を後ろ手に取られた雪桜せっかに、男はバトルナイフを容赦なく突き刺した。


「セッカ!!」


 彼女を盾に取られた事で、男に直接反撃する事が出来ない。

 俺はとっさに手を伸ばし、雪桜せっかを抱き寄せると、男との間に自分の身体を滑り込ませ、雪桜せっかを庇いながら、流れる様に背中越しに男の死角から、刀を逆手に再度突きたてた。

 致命傷は避けたとは言え、動きの鈍っていた男は、密着した体勢で死角から突き出された刀に、気付く事ができず、そのまま心臓を貫かれ吐血する。

 しかし、俺も雪桜せっかを庇って相手に背中を晒したのが悪かった。 男は刀が刺さったまま、もう片方の手で背後から俺の心臓を一突きにしていた。


「ゴフッ…」


 俺の口の中に鉄の味が広がる。

 男の最後の一撃は、確実に俺に致命傷を与えていた。

 俺が刀を手放すと、男はそのまま後ろに倒れ、血の海に沈む。

 抱き寄せた雪桜せっかの様子を見ると、雪桜せっかも口から血を出し、息ができないのか苦しそうに涙を浮かべながら俺を見つめている。


「ご…めん…ね…… セン…パイ……」


 雪桜せっかは最後の力を振り絞ったのか、俺の頬に震える手をあてて、そう謝った。

 俺は申し訳ない気持ちと、自分の力の無さを呪った。

 謝るのは俺の方なのに…

 恩人であるボスを護れず、こうして今も愛しいと思えた彼女すらも護れず、その命が尽きようとしている。

 雪桜せっかに謝りたいのに、喉に詰まった血液が邪魔をして言葉を発せれない。

 そんな俺の気持ちを察したのか、苦しさを我慢して優しい笑顔を俺に向ける。

 自分も苦しいはずなのに… 最後まで俺を気遣ってくれる。 俺は、心臓を貫かれ、途切れ行く意識の中、最後の力を振り絞って雪桜せっかを抱き寄せる……

 雪桜せっかもまた、刺さったナイフが肺に達して居たのか、吐血し、目の色を次第に無くていく。

 

 そんな彼女に、俺は静かにその唇を重ねた。


 そして、次第に意識が遠のき、二人は意識を手放した。


 照りつける太陽が、廃工場の崩れた屋根から差し込み、唇を交わし、抱き合ったまま絶命する二人に降り注ぐ。

 まるで、二人の未来を祝福する様に、暖かく、そして朗らかに……


 例えそれが、二人にとって救いの無い、この世での最後だったとしても………

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