45、待ち合わせ初心者
そして日曜日の午前中。それでも駅を行き交う人の波があるのは、さすが地方都市の一角というところか。そんな様子を駅前の少し開けた場所にあるベンチに座ってボーッと眺めている。結局、好奇心とカワイイには抗えなくてノコノコとやって来たわけだが、
「9時に待ち合わせっていったら、こんなもんでいいんだよな……?」
これまでの人生を振り返って見れば、現地集合の約束事なんて学校行事以外にしたことがなかったわけで。それでも、今日のこれは電車を利用するわけだし、それに約束には遅れるより早い方がマシだろうと、10分前に駅に到着した。スマホが教えてくれる正確な時間は8時52分。そんな時間だから開いているお店もそうそうなくて、人通りはあっても“賑わい”という表現はしないんだろう。なんだか、こういう風に人を待つっていうことが初めてで、見つけてもらえるのだろうかとか、急に来れなくなったとかないよな?とか色々考えてしまう。すると、
「あ、一橋くーん」
夏目が小走りでやってきて、カーディガンの間にのぞくシャツに書かれた『串カツ』の文字が若干なびいた。どうやら本日の夏目は残念仕様らしい。まあ、こっちだって前髪伸びっぱなしで身だしなみについてどうこう言える立場ではないのだが。
「お待たせー」
「おー」
「いやー、待ち合わせってドキドキするね。時間過ぎても1人ぼっちだったらどうしようって、ずっと思ってたから先に居てくれて安心したよ」
そんな夏目の一言に軽くあげた手がビタッと止まる。
「あ、一橋くんが約束破るとか思ってないよ。ただこういうのって初めてだからさ…」
「うん。ていうか、俺もほぼ同じ事考えてた」
「そうなんだ。てっきり一橋くんは慣れてるものかと思ってたよ」
「ソレどういうイメージ?」
「物怖じしない、ズバズバ言えちゃう感じ?怖いものナシ?」
……夏目の中の俺って一体何なんだろう。そんな認識の齟齬に静かに頭をひねるのも束の間、
「じゃ、いこっか」
「あい」
さして気にすることもなげな夏目の先導に従って駅の中に入ることにする。結ヶ崎の駅は規模として大きいものではなく、駅中の商業施設なんてものはよくあるステーションストアと修理屋くらい。近くに大きなモールがあるから、そこまで直通の連絡通路はあるけれど、むしろ通路の方が駅舎より立派なのではないかと思うくらい。
そんな寂しさ漂う駅ではあるけれど、地域自体はベッドタウンとして人気があるので、意外にも急行が止まってくれたりしている。とはいえ、どんな駅であっても電車を待つ時間というのはあるもので。人通りのないホームの端っこに2人していれば、
「一橋くんはこの中だと、どこ行きたい?」
「ホント色々あるよな。お、アメ細工」
「民放から国営放送のショップなんてのも珍しいよね」
「そんなモノまであるのか……」
それぞれでカフェが入っている商業施設のサイトを見て、どんなお店があるのか見当をつけている。のだが、いかんせん数が多い。ざっと300を超すらしいソレらは、ジャンル分けされてもそれは多いのでページ数もいっぱいだ。夏目の予定では大体10時くらいに到着して他のお店を見て周って時間を潰し、お昼なったらカフェにいき、そして昼食の後は秋葉原に行ってみよう、とのことで。その時間潰しのお店を検討中というわけだ。
それにしても各テレビ局のショップまであるとは、さすが観光スポットのお膝元。いや、電波塔ということを考えればむしろ当然なのか。いずれにせよ、そこが一大商業施設であることに変わりはなく。最初のうちは「こんなのあるよ」とか言っていたのに、そのうち2人とも読むことに集中し始めて無言になってしまうのは仕方ないと思う。
……あと、本当に気になるものって最初に言っちゃうから、その後ってどうしても、ねえ?
そうして画面と睨めっこしていると、電車が来るとアナウンスが伝えて駅のすぐ隣にある踏切がおりる。そろそろなんだと、スマホをしまえばパーっと警笛なのかを鳴らして電車がホームにやってくる。目の前の車両は、日曜の午前の上り線とはこういうことか、という風に人が入っている。具体的には腕は広げられないけど肘はイケるってくらい。といっても、この駅は始発と終着のちょうど真ん中くらいなので、どうしたって空いているという印象がないのだが。
「思ったより混んでなかったね」
「そうだな」
席に座れたわけではないが、それでものんびりとした気分で電車に揺られるのだろう。と、
「……そう考えていた時期が俺にもありました」
苦もなく終わると思っていた車内は、都心に近づくにつれて人の出入りが盛んになって、今となってはもう“手首を90度曲げての小さく前ならえ”の幅くらいしかない。そんな状態で電車が揺れて、一駅ごとに左右のドアから人の出入りが度に細かくステップを踏むみたいにウロウロと動くことになる。それが一番混み合う区間に入ったのか、ダーッと人が入ってくれば、自由に動けるような余裕はなく、流されるままに動いた結果、
「どうしてこうなった?」
「なんでだろね?」
閉まったドアを背を預け、さらにソレに手をついた夏目の腕に挟まれるという、いわゆる壁ドンみたいな姿勢になってしまった。女の子に人混みの圧から庇ってもらう、なんてどうにも居た堪れないので、
「場所代わろうか」
と言ってみると、
「一橋くんに代わった方が危ないと思うなあ、細いし」
純粋に心配そうな目で訴えられてしまった。ふっと空気の抜けるような笑い声がやにわに聞こえて、そのうちの1人であろう隣に見えたおじさんは、俺が視線を向けた途端に顔を逸らして、しかしその肩は揺れていた。
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