46、高等なことはできない

 生ぬるい視線をうけながら二駅行けば乗り換えである。早く立ち去りたいと足早に電車を降りれば、夏目はその意味がよくわからなかったらしく「一橋くんも楽しみなんだね」と見当違いな解釈をしていた。そして、


「ふあー。やっぱり大きいよねー」

「そりゃまあ…大きいわな」


 電車を換えたらたった一駅だったのであっという間に到着してしまった。駅を出てみれば目の前には白くて大きな電波塔が聳え立ち、見上げようとするとほとんど真上を見ることになって、それでも天辺の様子は展望台に隠れて見えなかった。テレビの映像ではよく見るしもちろん大きいということも知っていたけれど実際近くで見てみるとより圧倒的、とでもいうのだろうか。先すぼみの形なはずなのに、こちらに迫ってくるような圧を感じるのは目の錯覚だろうか。


「こういう時ってああいう風に写真撮るんだろうね、今ドキの若い子は」


 そういう夏目の視線の先にいた肩を寄せ合って自撮りを撮っている女性の2人組。他にも、そういう風に見れば、自撮りでなくても写真を撮っている人というのは結構いるものだと気づく。ロードバイクに跨ったままスマホを構えた男の人とか、若くなくても並んで一緒に写真を撮っている老夫婦とか。いずれも年下には見えないが。


「俺たち高校生…」

「じゃあ撮っとく?」

「一応、楓と蒼に見せるから」

「そっか、そうだよねー…」


 カメラでこんなに上を見たことってないなー、と雲が多いせいであまり映えない電波塔を写真に収める。隣の夏目はスマホを出してもいないどころか、塔を見てすらいなかった。


「夏目は撮らないのか?」

「私は前にも来たことあるから。それに特別見せたい人もいないし」


 聞かなきゃよかったと思ったのは、いつもの軽口よりもサッパリした答えが返ってきたからか、どこぞを見ている夏目の表情に影を感じたからか。そんな夏目を見るのは初めてで、次の言葉を見失ってしまう。


「さ、ショップもう開いてるし、行こ。てか、こんな早くに遠出しておっきいお店ってテンション上がるよね」


 だから、そんな風に自分だけで片付けてしまって、何でもなかったみたいに振る舞われるのは、少しずるい気がした。





 それから、それぞれ目星をつけていた店を探しては行ってみて、手が出そうにないところは冷やかして、そうでなければ何かしら買って。胸につっかえるモノがあっても、そんな風に過ごしていれば時間が経つのを早く感じてしまうもので。


「色々見るところあって、あっという間でしたなー」

「だな」


 今は、当初の目的であるカフェにて、注文を終え一息ついているところだ。まあ実際のところ落ち着いて、というよりは凝った内装を観察しながら未だに浮き足立っているのだが。一つメインテーマを決めているというのは統一感があっていいな、と無駄に多国籍なお土産だらけの満福庵と脳内で比較してしまう。まあ、店の一角がまるで占いの館みたいなあの妖しい雰囲気も、決して嫌いではないのだが。というか、カフェというよりキャラクターショップ色の強いこの店と、店主の趣味でどうこうできる個人経営の喫茶店とを比べること自体が、そもそも間違っているのだろうな。

 そんなことを思っていると、


「考え事?」

「ん?ああ、バイト先のことをちょっと」

「喫茶店だっけ、やっぱ同業は気になる的な?」

「いや、ここまでくるともはや別ジャンルだなー、って」

「あ、そうなんだ」


 そんなやりとりがあって、注文していたうちの飲み物がくる。俺がカフェオレで夏目がチョコレートドリンク。カップの中にはプリンタで出力したであろうラテアートが浮かぶ。これも後で見せてやろうとスマホカメラを起動させると、今度は夏目もスマホを取り出していた。


「これは撮るんだ」

「だってこのお店は初めてだもん」

「なるほど」

「それに絵柄だって色々あってね。ほら、一橋くんのと違うでしょ?」


 そう言ってカップを並べれば、その違いは一目瞭然だった。それらの画をちゃっかり写真に収めた夏目は、律儀なことに俺も写真を撮るのを待ってからチョコレートドリンクを飲んだ。そしてお互い静かになる。

 初夏にしてはやや効き過ぎている空調に冷えた手のひらを、カフェオレのカップで温める。それ以上でもそれ以下でもない、何でもない時間。そのはずなのに若干の気後れを感じているのは、今までの色々を結びつけてたどり着いた仮説がどちらに転んでもよろしくないモノだったからか。

 そんな考えを流し込むようにカフェオレを飲めば、甘いと苦いが混ぜこぜになった口の中に、うっすらとほろ苦い後味が残る。


「やっぱり何か気にしてる?」

「……わかる?」

「なんとなくだけどね」


 曰く、いつもより一歩距離が開いているように感じた、らしい。物理的にも精神的にも。普段がそんなに仲良しなわけでもないと思うけれど、夏目の中の基準がわからない。


「朝はいつも通りだと思ったけど、もしかして私なんかしちゃったかな?」

「そうじゃなくて……」


 遊びの場でするような話ではない。かといって、何も言わないままであれば夏目の懸念は払拭されない。言葉を詰まらせた数瞬の時間、精一杯考えた結果出た言葉は、


「…後で話す」


 とても安直な《《》》言い訳だった。

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