44、今までの行いじゃない?

「もう風邪平気なの?」

「平気だよー。あと風邪じゃなくて、ちょっと熱が出ただけだから。本当それだけ」

「それってむしろ珍しくない?ホントに大丈夫?」

「大丈夫だってばー」


 朝の、始業前の教室の、そんなやりとりを頬杖をついてチラチラと見ていた。夏目はやっぱり健康で登校してきたのだけど、クラスメイトはそんな夏目の体調を案じているらしい。それとも、昨日の律子の発言を気づかってのことなのか。矢継ぎ早に夏目に声がかかる様子は、見ていて複雑な感情を抱かせてくれる。


「ヒトミは友達いっぱいですネー」


 なんて、唯一、律子の言葉なんか気にしていなかったアビーが言うのだが。


「なんでそこなの?」


 右下に視線を向ければ、しゃがみ込んだアビーの目から上が机の上からのぞいてくる。そんな位置どりに声もおとなしいとあって、まるで夏目から隠れてるみたい……、


「今日のヒトミはたくさんお話しなので、レンに構ってもらオーかと」


 予想することに意味なぞなかった。そんなアビーの言葉に猫かな、と思いもしたけど、猫の生態なんて知らないので忘れることにする。どうでもいい事ばかりが浮かんで消えてを繰り返すのは頭が働いてない証か。どうにも昨日の、二連続保護者遭遇が効いているようだ。自分に向けられたものでないにせよ目の前で起きた風を切る音に心臓が縮んだこととか、後になって変なこと口走ってなかったか気になったりとか。まあ、彰宏さんに対しては第一印象が良くないだろうから、気にしたってどうしようのない話だと割り切れた。それよりも、今この場にアビーがいるのだから、


「結川さんって何者……?」


 向こうも構ってと言っているのだから、パッと思いついたことを聞くぐらいはいいだろう。


「ユカですか?ユカはウチのお手伝いさんですよ」


 それは初めて会った時に本人が言っていた。住み込みだとも。しかし、ただのお手伝いさんということは、只者ではないこととイコールにはならない。


「前に何やってたとかあるのかな?」


 半ば独り言のように言ってみれば、それでアビーにも伝わったらしく少し唸ってから、


「どーデショウねー。ズッと一緒ですケド、ユカは自分のお話しヲしませんカラ」


 アテはないらしい。


「ユカのこと気になりマスか?」

「いや、どうしてもって訳じゃないんだけど」

「フゥむ?」


 よくわからない話だな、という風にアビーは鼻を鳴らして口を尖らせるが、俺だってよくわかってない。強いて例えるのならば、


「知らないものでも、多少なり情報を持っといた方が怖いのが和らぐ、みたいな?」

「……レンはユカが怖いですカ?」

「というよりビックリしたかなぁ。あ、でもちょっと怖かったかも。なんだろ、目の前で猫騙しくらったみたいな」

「ナルホド……」


 身に覚えがあるらしい。声のトーンを些か落としてアビーは少し体を震わした。


「ワタシから言えるコトは“ユカは怒らせちゃ絶対ダメ”ってことデス。気をつけてクダサイネ」

「……覚えとく」


 分かったことは怒らせたら恐ろしいらしいこと。怒ったら大概の人は怖いと思うのだが。


「デモデモ!普段はトッテモ優しくて、スゴいんですよ。家のことはなんでも出来ますし料理も美味しいです。怖くないですよ」

「ああ、うん。怖がってはないよ」


 アビーが慌ててフォローを入れるけど俺だって常日頃から怯えて過ごす気はない、ただ一瞬ビックリしただけ。「ソレならよかったデス」と一息おいて、


「ソウいえば、昨日のレンは遅かったですヨネー。なにかトラブルあったデス?」

「……色々だな」

「イロイロですかー」


 もう声をかけてくる人もいなくなって、今は時間割と教科書とに視線を行き来させるフリをしながら夏目が聞き耳を立てているので誤魔化した。不自然な姿勢になってでも、わざわざ視線をそらしてこっちを見ようとしない感じが、かえって怪しい。


「ヒトミのおウチ、ワタシも行ってみたかったですネー」

「機会ならあるんじゃないかな、たぶん」

「そうならイイですネー」


 そして、二人してチラッと夏目の方を見ると目があって、


「…あははー」


 なんて、わざとらしい程の苦笑いをするのだから、やっぱりしっかり聞いていたらしい。そんな夏目の様子をちょっと笑ったりなんかして。すると少しむくれた顔をされたが昨日のことを思い返したら、不服な顔したいのはむしろ俺の方なのだが、通常時の俺がむくれたところでちっとも可愛くならないんだから。


「……何か?」

「何でもないです」


 ええ、ホントに。






『あさっての日曜に行きたい所があって、よかったらなんだけど一緒にどう?』


 とだけ伝えられてもどうしよう、というのが正直なところである。リビングで金ローを見ていたらスマホに届いたメッセージ。あまりに簡素なのでどういうことなのか聞こうとすると、追加で色々届いた。


『お父さんといく予定だったのがお父さん仕事入っちゃって』

『1人でもいいんだけど予約は2人だったから』

『場所とかはURLで』


 それで最後に色が違うアルファベットと記号の連続が貼り付けられていた。そのURLで飛んだサイトは、大乱闘にも参加していた丸いキャラクターがコック帽をかぶってカフェをやっている、というものだった。場所は日本一どデカい電波塔のお足元の商業施設にある、と。

 つまる所コンセプトカフェというやつだ。何か1つのテーマを主軸にしたお店。それがこの店の場合ゲームのキャラクターやアイテムなんかをモチーフに色々と商品展開しているという。するするとメニューをスライドして見れば、可愛いプレートにあまり可愛らしくないお値段。とはいえ、テナント料や関連企業数、食器も特注だとかなんかを考えると妥当なのだろうなあ。……どの立場からの物言いだろうか。お店の経営なんて、満福庵を見ているとあまりやりたいと思えないモノなんだがな。

 それにしても、こういう類いのお店なんていうのは、あまり縁がないと思って……、いやまあ、単に自分から行こうとしないだけなんだけど。こういう機会があれば行くものなんだろうか。というか、このキャラクターだってそんなマニアックって訳じゃないんだから、それこそアビーでも誘えばいいのに、


『そだ。前後どっちかで秋葉原とか行ってみたいなー、とか思ってたり』

『乗り換えあるけど近いっぽいし』


 なるほど、結局のところ“みんなには内緒だよいつも通り”ってわけだ。おおよその事情はわかったし、カフェにもアキバにもちょっと興味ある。日曜に予定はないし、バイト代も出たばかりだからお金も多少なり余裕はあるから断る理由はない。正直言って連れていってもらいたいとも思うのに、


「……」


 なのに何でだろう。素直にそう送る気になれないのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る