43、ヨソはヨソ

日中の休みがフラストレーションを溜めたのか、それともお父さんが帰ってきてテンション高めなのか、矢継ぎ早に溢れる夏目のお喋りを一通り聞いていたらとっぷりと日が沈んでいた。時間も経って頭の痛みも引いたので、流石に帰る頃合いだなと言えば、今度こそ引き止められることはなく。


「今日はホントにありがとね」

「まあ、そうね……」

「色々ゴメンね」


玄関で靴を履いていると、そんな話になった。夏目はバツが悪そうな顔を逸らして、申し訳ないといった態度だが。そんな風になるくらいなら、初めから事情を話してくれればよかったのに、と思わなくもないが。しかしそれは自分にも返ってくる言葉になってしまうので何も言うまい。

言うことがないので、つま先で地面をトンと叩いて靴を奥まで履き込みドアノブを傾ける。開いた扉から外の空気が入ってきて、それは不思議と昼間と違うもののように感じる。


「あ、」


外に一歩踏み出したところで、夏目が不意に声を漏らした。


「どうかした?」

「ううん。ただちょっと、また明日ね、ってだけ」

「ああうん、また明日」


それだけ言って手を振る夏目に、手を振り返せばいいのかなと思って、パタリと扉が閉まった。上げかけた手が空をかいて所在なさげにふわふわと。きっとこっちの言葉も途中までしか伝わらなかっただろうし、これは全くもって締まらない。けどまあ、そんなことは今更なので気にすることもない。


「帰ろ」


誰にともなくそう呟いて、電灯の灯す廊下を歩き出す。プリントを届けに来ただけだったなのに、何だかドッと疲れた気分になる。初夏の夜の空気はそれを煽るみたいに薄ら湿っていた。







「おや、これは蓮様。こんばんは」

「うわ⁉︎あ……、こんばんは」


家に帰る途中、というかもはやすぐ近くの道で、結川さんに出くわした。“出くわした”なんて表現するのは、結川さんが真正面から声をかけてきたにも関わらず、その声がかかるまで結川さんの、というか人の気配すら感じなかったからだ。まるで何もないところから急に目の前に現れたみたいで、ビックリしてしまった。

しかし、向こうはこちらの正面から来たのだから。いきなり目の前になんてこと、こちらの注意力散漫としか考えられない。


「すみません、驚かせてしまいましたか」

「い、いえ。俺の方がぼーっとしてだけで……」

「そうですか。不注意は危険への対処を遅らせますので、どうかお気をつけを」

「はい、すいません」


ぐうの音も出ない。


「蓮様は今おかえりで?」

「はい。ちょっと用事で。それが何か?」

「お嬢様がお帰りになられるや「レンの家で報告待ちデース」と」

「ああ……」


そして俺が帰らないのでこの時間になってもアビーがまだ帰ってない、と。なるほど俺のせいか。


「遅くてすいません」

「いえ、こちらこそお嬢様がすいません」


軽く頭を下げあってから、結川さんを連れだって家へ。そして玄関を開けると、


「レン遅いデスヨ!」

「それはお嬢様もです」


ドアを開けたら、玄関に向かって小走りでアビーがやってきて、そしてそしてそのまま流れるように結川さんに捕まった。正面からやってきたアビーを一瞬で後ろ向きにして、脇の下から腕を通して動きをロックする、羽交い締めに近い形だ。その速すぎる動作に面喰らってしまった。


「ユカ⁉︎なんでいるデス?」

「それはお嬢様が帰ってこないからですよ。携帯も鞄に入れっぱなしで。それにもうご飯時なんですから、これ以上の長居は迷惑になります」

「ウゥ…、でもレンがヒトミのお見舞いに行って帰ってこないカラぁ…」

「それこそ携帯でやり取りすれば確認できることでしょうに」

「アウぅ……」


羽交い締めのままお小言を受けるアビーが、結川さんの背中越しからでもわかるくらいにシュンとしている。こんなに大人しいアビーは見たことがない。


「お騒がせしました。我々はもう帰りますので」

「あ、はい」

「ほら行きますよ、お嬢様」


ぐいっと腕を引っ張られてアビーが結川さんに連れて行かれる。何かと騒がしいアビーも、結川さんの言っていることのがマトモなのをわかっているからずるずると引っ張られていくけれど、それでも、何か言いたげな目でこちらを見てくる。そういえばそもそもアビーがウチにいた理由って、


「もう夏目元気だったよ。明日学校行くってさ」

「ソウデスカ!」


そう言うと、パッと笑って明るい歩調になり、結川さんを追い越し気味に歩いてった。そうして2人がいなくなると、残されたのは目まぐるしい光景に呆気にとられた俺と、何やら起きているとは感じていたものの関わり合いになることを選ばずそれぞれ野次馬に徹していた家族のひょっこり顔。


「家デッカイとは思ってたけど、まさかお嬢様呼びとはね」

「綺麗な人だったねー」

「それですっごい早業。あ、お兄ちゃんおかえりー」


それぞれが三者三様に感想をくれるあたり、マイペースなヤツが多いのだとつくづく知らされる。ともすれば、アビーと結川さんのアレもマイペースだと思ってしまえばいいのだろうか。

……家庭の事情というのはそれぞれ、ということにしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る