40、なんかスッゴイ呆れてる

「エロいがダメなら、えっちぃはOKですか?」。なんて「タマゴが駄目ならeggなんだよ」みたいな暴論をぶっ込んどいて、それでいてチラチラこっちを窺ってくる夏目。その態度が少し遠慮気味に見えるのは、自分でもおかしなコトを言っている自覚があるんだろう。さっき釘を刺しておきもしたのだけど、それでもブレない夏目の姿に大きくため息を吐いて、


「使わないと話が進まないなら、何でもいいよ、もう」

「なんかスッゴイ呆れてる⁉︎」


 その通り。なんなら、だいぶ前から“駄目だコイツ……”って思ってたけど。

 今さらながらにショックを受けたらしい夏目は、それでもすぐにハッと気を取り直して、少し息を整えたら、


「とにかく!一橋くんの言う通り“どうしてか”を考えてみたんだけど……、」

「ちゃんと考えてたんだ」

「言ったのは一橋くんでしょ⁉︎」

「逸らしたのは夏目だと思うけど」

「ぐっ……。そ、それはそれとして!」


 コホン、とまたも息を整えなおし、


「“見ちゃった”って思うってことは“見ちゃいけない”って思ったと同じだと思ったの」

「後ろめたいのは、いけないコトをしたからってこと?」

「そうそう。でまぁ、見ちゃいけないなって思ったのはエロかったからなんだけどさ」


 結局そこに帰結するんだ。


「ていうかさ、アビーがいて、小学生の楓ちゃんと蒼くんもいて、そんな空間であんなスケッチ見せられたら、そりゃビックリもするよね、っていう」


 それに関してはウチの姉がすいません。あの姉にしてみれば、それも織り込み済みでの揶揄い(こと)だったんだろうけど。困惑しながら姉とスケッチブックを交互に目を回す夏目の姿は想像に難くない。そういう辺りが、姉に揶揄われる理由なんだろうな。リアクションがいいから。


「まあそれは置いといて。ともかく、私はカレンさんに「あなたのえっちな絵を勝手に見ちゃってごめんなさい」って謝りたいんだと、思う?んだよね」

「そこは疑問系なのか」

「だって、改めて言葉にすると特殊なんだもん!」


 それは、確かにその通りだが。自分が口にしてですら懐疑的になることなら、それに巻き込まれる相手も何がなんやら分からないだろうよ。……俺か。


「……そもそも、写真や映像ってわけじゃなくてスケッチだろなんだろ。なら、そこまで気にする必要はないんじゃないか?」


 これ以上の巻き込み事故は御免だ。


「それはそう、だけど……」

「そもそもウチの姉に描かせてる時点で、多少の諸々は折り込み済みなんじゃないか?付き合いがないなら尚更」

「織り込み済みって……。そういうものかな…?」


 いいえ、全くの想定外です。というか、今までは家に友達をあげる以前に、友達すらいなかったのだから。それがまさか、自分が居なくても家にあがるような友人が出来るとは思ってもみなかった。

 とはいえ、そもそもはあの姉にあんなスケッチを許した俺自身の危機管理に問題があったという話なわけだし。夏目が気にすることではないというのは本心だ。

 そもそも俺、あのスケッチを見られたこと自体はそこまで気にしていない。何故なら夏目の言からも分かる通り、夏目の中では俺=広橋カレンの図式は皆無なわけだし。そもそもが、写実的ですらないデフォルメ盛り盛りでイラストチックな落書きである。それはもはや非実在青少年ないし〜、な創造の産物キャラクターだ。それでも俺に羞恥の感情が湧いてくるのであったとしても、ただそれだけのコト。「俺一人が恥ずかしい」だけで済む話だ。

 だから、


「でも、やっぱり言っといた方がいいんじゃないかな?私そっちは詳しくないけど、ナマモノはデリケートな問題だっていうし」


 面と向かって謝られるとかの方が気まずいんだよなぁ。

 それならいっそのこと忘れてくれた方がいい。いや、忘れてくれ。確かに元々はナマモノだったのかもしれないけど、幾重ものフィルターを通されたらそれはもう加工品だし。そもそも、そのナマモノって俺のことだから。この時点でデリケートなんて言葉はすでに成立していない。

 とはいえ、隠してる手前そんなこと言えるわけもないし、


「それは、夏目の気持ちの問題だから、俺からどうしろとは言えないけど」

「けど?」

「俺はやっぱり気にする必要はないと思うなー。大体なんて言って謝るつもりなんだ?「アナタのエロい絵を見てしまいました」って、そっちの方がビックリだと思うけど」

「うぐっ……」


 それとなしに誘導をは試みる。それに、俺の指摘は夏目も図星のようで、返す言葉も見つからないとばかりに唸って俯く。これで考え直してくれるといいのだが、


「でもやっぱり気になるよ〜」


 やはり、他人の気持ちというものはそうそう思い通りになる代物ではない。

 しかし、俺がこれ以上強く意見を出すというのも不自然な話だし、あとはもう成るようになれとしか言いようがない。幸いにも、夏目は“広橋カレン”との連絡手段を持っていない。もちろん仲介人を通せばそんなことは容易に解決できるのだけど、その仲介人というのが誰あろう事の発端あの姉なのだから、果たしてそこを頼ってもいいのだろうか。少なくとも俺はそう考える。だから放っておいてもさしたる問題にはならないだろう、思う存分悩めばいいさ。


「じゃあ話は終わりってことでそろそろ帰っ」

「待って!」


 夏目の知恵熱の原因も分かったことだし、これにて一件落着。俺はもう用済みなのでさっさと退散しようと立ち上がりかけると、不意に腕を引っ張られ元いた場所にぐいっと引き戻されぼすっと着席させられた。

 そして、逃すまいと両手で俺の腕を掴んだまま夏目は、


「す、スマブラで決めよ!私が勝ったら謝る、夏目くんが勝ったら忘れる、ってルールで!」


 テンパっておかしなことを言い出した夏目は、しかし逃がしてくれる気配もなく。


「はぁ……」

「また呆れられてる⁉︎」


 ため息を吐くしかできなかった。

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