41、最後のがやりたk

 結局、縋りつくような勢いの夏目に押し切られるカタチでスマブラ対決をすることにあいなり。そして、いざ勝負となれば「ふへへ、私だって結構やってるからね。そういえばオフラインで対戦って初めてだなー。あ、一橋くんがプロコンでいいよ〜」と、上機嫌に得意気な顔をしていた夏目が、


「ほわっ⁉︎ねむるってそんなに決まるの⁉︎」

「なーっ、メテオー」

「ロボット!飛んで、ロボットぉ‼」


 3分間ワンマッチ×3回を終えて、自身の勝率が0%なことに、


「……」


 対戦中のリアクションはどこへやら、コントローラーを握ったまま何も言わず唖然としている。自信満々に勝負を仕掛けおいてフルスコアで返り討ちというのは、確かに堪えることだろうて。

 と言っても、夏目が弱かったわけではなく、じゃあ俺が特別強いのかというとそんなことはなくて。理由はひとえに夏目がスマブラやりたいのついでで出した「勝ち負けで広橋カレンにどう対応するか決める」という条件を出したからだ。夏目にとっては“ついで”でも、俺にとってはムキになってやる理由に充分だったわけで。自分でも稀な集中力を発揮したと思う。要するに意識の違いというヤツだ。

 少々不意打ち気味な気もするが、夏目の出した条件な訳だしこれで広橋カレンとの面会もなくなる……。いや、そもそもコレ何回勝ったら履行されるんだろうか?多分もう忘れられているんだろうなぁ。

 プロコン片手にそんな事を考えていると、


「ふ、普段は私プロコンだもん!言うなれば、あと二段階の変身を残してるんだから!」


 プロコンの後は何が残っているのやら。何はともあれ、戯言を言うくらいには元気になったらしい。


「じゃあ使う?」

「いいの⁉︎」

「こだわりないし」

「後悔しても知らないよ?」

「しないしない」


 もう3回勝ってるし、とは言わないでおこう。

 そして、コントローラーを交換してもう一戦。言葉の通り本調子になった夏目と、勝ちたい理由と集中力がどこかに消えた俺。さっきとは違う展開になることは想像に難くない。


「鬼!一橋くんの間合いの鬼‼︎」


 なんか勝てた。よくよく思い返してみれば俺は普段ジョイコンを使っているので、コントローラーを取り替えたとてお互いがお互いに平時に戻っただけ。あと、キャラの相性が抜群だったのもあってなんとか勝ちはできた。が、スコアはほとんど五分五分。なじられる程の結果でもないし、次こそ、ホントにどうなることか。とはいえ、


「だいぶ夕方になってきたなぁ」


 元々こんな長居する予定ではなかったわけで、他人の家の見慣れない窓からから見る初夏の朱色はもの珍しい景色に見えた。遅い時間までの外出なんて、それこそバイトでくらいなもので、その時見るのはとっぷり日が暮れた暗い夜の街並み。だからか、ふと思ったことが口に出て、ぼうっと空を見ていたのだが、


「あと一回!あと一回はやろうよ。一矢報いるか、5連勝か。ね、ね?」


 なんだかとっても食い下がられてしまった。別に急ぎの用事があるわけでなし。断る理由もなかったのだが、その上に手を合わせて拝むようにお願いされてしまうと、拒んでしまうほうがあと味悪くなりそうで。


「んじゃあラストね」

「ぃよしっ!次こそ負けないぞー」


 そうして始まったラストバトルは一進一退と展開して最終的に、


「うわはーい!」


 なんとも独特な勝鬨を上げる夏目の勝利で終わった。大げさに喜ぶ夏目をよそに、もう一度外を見るとまだ西陽は鋭くて。けれど部屋の中は薄暗い影の色がぼんやりと広がっている。


「じゃあ帰るわ」


 用事もゲームも終わったのでさっさと帰ってしまおうと立ち上がれば、


 ガシッ


 と、いつぞやのように腕を掴まれてしまった。


「もうちょっとゆっくりしていいんだよ?」

「なんで?」

「えーっとほら、熱とか感染ってたら大変じゃん?」

「なら早く帰って寝る方がいい。ってか知恵熱だろ?」

「うぐぅっ……、じゃあチェスとか一局…」

「知恵熱だったんだから難しい事考えんな」

「うぐぐ……」


 唸りながらも手の力が緩むことはなく、さっきとは打って変わって静かな時間に捕まったまま。このままだと何も進まないので、


「夏目」

「なんでしょう?」

「まだ後ろめたいことがあるんじゃないか?」

「……」


 夏目は何も言わなかったけど、肩がわかりやすく跳ねたのでそれだけで確証を得るには十分だった。というか、狼狽え方も言い訳も苦しいモノばかりだったし、夏目は“態度に出やすい”ってことをもっとちゃんと自覚するべきだと思う。少し間があってから、ようやく観念したのか、


「実は……、」


 ポツリと隠し事の前置きをこぼしてから、


「今日お父さんが帰ってくるから、一橋くんを友達って紹介したいなー、なんて」




「…………帰る」

「待って待って!内緒にしてたのは謝るからぁ」

「そういう問題じゃない!」

「ちょっと会ってくれればいいから、「友達の一橋くんです」って」

「ヤだよ!そんな、恥ずかしいし気まずい」

「そこを何とかぁ!」


 すがりつく夏目と引きずる俺。スウェットと靴下がフローリングを滑りやすいみたいで、お願いとイヤだを何度も繰り返しているうちに玄関の目の前にたどり着く。


「後生だから!」

「アビーに頼めばいいじゃん!アビーならノリノリでやってくれるだろ」

「部屋見られたら終わる!」

「なに置いてんだよ⁉︎」

「ポスター、フィギュア、神棚に絵コンテ集!」

「わあ豪華」


 それでも、まだまだ食い下がる夏目はここが最終防衛ラインと言わんばかりにグイグイと力を込める。そして、俺の方ときたらまあ女子に力負けする体幹貧弱なもんだから、


「ちょ!」

「わわ」


 どたばた、と派手な音を鳴らして2人揃ってすっ転んでしまう。中学の授業で習った受け身なんて取る間もなく、危機感に早々と瞑ってしまった目を開けば夏目の顔がすぐ上にあって、その夏目はといえばしっかりと腕をついて床、というかすっ転んだ俺への転倒を回避していた。どうやら体を打ちつけたのは俺だけの模様。


「ちょっとやり過ぎちゃったね。ごめんね、大丈夫?」

「……大丈夫」

「でも、涙目だよ?」


 バツの悪いといった顔で謝っても、しっかりとこちらの表情を見ている夏目。確かに思いっきり頭打ったし、まだちょっとジーンとぶつけた余韻が後頭部に響くのだが。一刻も早く立ち去ってしまいたいので無かったことにしてしまおうとした、そんな俺の強がりは被る必要のない情けなさに変換されてしまった。

 まさにその時である。


 ガチャ


 と、馴染みはないが明らかにそうだとわかるドアノブの回る音がして。俺の中の最悪の想定が頭をよぎり、


「ただいま、……仁美?」

「あ、おかえりお父さん」


 そして、その予想がバッチリ的中してしまった。

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