39、何回言うんだろう

「ベッドにはだけて顔赤くって!流石に18禁ではなかったけど、15は確実に飛び越えてる感じの、そういうヤツだったの!」

「…へー」


 知ってはいたけど何をしているんだあの姉は。そして、思い出してですら顔真っ赤にしてる夏目は、


「改めて聞くけど、夏目って思春期中学生の男子じゃないよね?」

「そんな話をしてるんじゃないんだよ!?」

「でもねえ?」

「むぐぐ…」


 どうやら夏目本人にも自覚があるみたいで、何も言い返せないからゴニョゴニョと小さく「意地悪〜」とか何とか言うに留まっている。と思いきや、


「そ、それはそれとしてっ!」


 あ、逃げた。まあ詰めたところで、こないだ聞いた「美少年はいいけど美少女はもっといい!」以上の答えは、どうせ返ってこないだろうし。そういう夏目だから、見てて面白いというのもあるのだろうな、うん。

 そして、俺としてはあまり戻りたくはない本筋に戻る。


「問題はアレを見ちゃったってことで、なんかこう、モヤッとしているというか……」

「それは何、エロくて?」

「もうっ!そうじゃないってば!」


 おっと、つい横道に逸れたくて意味のない冗談が。

 ……それにしたって、小脇に小さくこぶしをブンブン振って怒る仕草を、さらっとナチュラルに出来てしまう夏目は、些か“道産子”Tシャツが残念だ。


「そうじゃなくって!そうじゃないんだけどぉ……。ちょっと言語化しづらいっていうかぁ……」

「ふーむ」


 こちらの想像以上に尾を引いているな、これ。しかも、本人にだってその正体があやふやという始末。


「まさか、今日の休みって知恵熱、ってことはないよな?」

「あー…、ちょっと?」

「わー…」


 非実在性のキャラでここまで悩ませてしまうなんて、挙句熱出して休みって。なんと業の深い存在であるか、広橋カレン……。それとも夏目がちょ〜っと“アレ”なだけのか。


「一橋くんって、何だかこういう事に詳しそうな気がするし。なにか分からないかなーって相談したくて」

「夏目には俺がどんな風に見えてるんだ?」

「あはは、友達?」

「友達って言ったら何でも許されるわけじゃないからな」


 まあ、半分正解みたいなものではあるが。

 友達の姉に、知り合いのコスプレイヤーがモデルのちょっと際どいイラスト見せられてモヤモヤしています。なんて、コレはどういう種類の悩み相談になるんだか。というか、その友達もコスプレイヤーも同一人物で、しかもソイツを相談相手に選んでんいる辺りで、もう既に間違ってるんだがな。

 とはいえ、ある程度は身から出た錆な訳だし、自分で片付けなければならないのも道理というものか。


「じゃあさ。夏目は、…カレンさんに対してどういう感じに思ってるの?例えば、今会ったらどんな反応しちゃうのか、とか」


 どうでもいいことだけど、自分で“カレンさん”って言うの違和感すげえ。自分で自分に“さん付け”なんてするもんじゃないな。

 背筋の気持ち悪さを押し隠して夏目の反応を窺えば、


「うーーーーー……ん」


 この長考である。目を瞑りながらあごに手を当て、はたまた腕を組んで頭を捻って。それはそれは真剣なご様子で、悩み唸った結果、


「顔合わせづらい、かなぁ。なんかマトモに話できないかも」

「それって後ろめたいってこと?」

「そうかも、そうなのかなぁ。でも顔合わせづらいって、そういう事だよねぇ……」

「つまり、夏目はカレンさんに申し訳ないと思っているってことか」

「そうだったんだー」


 随分と他人事みたいに。いや、この場合は俺にも言えるコトなんだけどさ。こんなの、他人事だと思ってないとやってられないだろ。


「それで、後ろめたい理由は?スケッチを見て、カレンさんと結びつけて、どう思った?」

「エロいと思った!」

「……」

「私が悪かったから無言はやめて!せめてなんか言って!」


 コッチは色々な恥を忍んで相談乗っているというに、あんまりにドヤ顔で言いやがるもんだから、つい。というか、小ボケを挟めるような余裕があるなら、もういっそ気にしなくてもいいのに。いや、気にしないでほしい。そのまま忘れてしまえばいい。

 とはいえ、忘れたいコトほど忘れがたい、なんて事もあるわけで、


「じゃあ、ホントのとこは?」

「えー……、エロいと思ったのも本当なんだけどなー」

「……帰っていい?」

「だめっ!ごめんなさい!真面目にやるから!」

「お、おう……」


 念押しの意を込めたのは俺なはずなのに、想定外な語気に、むしろ気圧されているのが俺の方という構図なのは、ちょっとおかしい。そして、当の夏目はというと、こめかみに指を当てて唸っている、というか念じている?これまた長考になりそうだな、と手持ち無沙汰にお茶を一口。

 同じ麦茶でも、自分の家と他人の家のお茶って味が違うんだな、メーカーかな。とかなんとかふと思う間に、口の中の麦茶の香りが鼻に抜けて。


「うぅ……、どうしても“見ちゃった”って言葉しか出てこないよぉ……」


 先ほどの勢いはどこへやら。頭を抱えて「うあー」と、言葉にすらなっていない声を出し項垂れている。そんな夏目の様子に、もしかすると本当にエロい以外のこと頭にないのでは?、という不安が過ぎる。が、そこは深く考えないことにして、


「……なら、見ちゃったしか出ないのは“どうしてなのか”を考えてみれば?」

「どうして、かぁ……。んー、それはやっぱりエ……」

「次にエロいって言ったら本当に帰るから」

「そ、そんなこと言わないよ!まったくもう、変なコト言わないでよ」


 まさにギクッと擬音を付けてやるのが相応しい様で肩を跳ねさせた夏目は、早口で言い訳を終えると、ふいとそっぽ向いてしまった。その反応は「図星です」と口に出してしまうくらいにあからさまなのだが。まあ釘は刺せたわけだし良しとしよう。

 ……てか変なコトって、さっき散々自分で言ってたことじゃね?

 夏目の方には返らないブーメランにやや釈然としないのだが。天然ってこういう時に強いのか、それとも気付いててそれを悟らせないのか。まあ後者の場合、夏目にそんな器用なことができるのか、だいぶ怪しいのだけど。


「えっと……、じゃあ“えっちぃ”はOKですか?」


 訂正。取り繕おうとする発想すら皆無だろう。……学校では優等生ムーブな癖に。

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