36、敵は身内

 帰りのHRが終わって、アビーの言動にハラハラさせられる一日がやっと終わった、とホッと一息。

 本当に、好奇心の塊というか探究心の強いというか。一度興味を引いてしまうと、それこそ夏目のマシンガントークにも似た勢いがあって、コチラからはまるで止める手立てがないし、それを許せてしまう不思議な力がアビーにはある。これが若さか、カリスマか。

 まあ、それでハラハラしてるのはコッチの勝手な事情でしかないんだがな。


「早速、レンの家に行ってシオリにお願いしてみマスー!」


 コッチの勝手な事情ではあるけれど、少しは抑えて欲しいです。





「で、仕事中もずっとソワソワしてると」

「……そうですね」


 帰り道にウキウキしてるアビーと、なんだかんだで漫画って言葉にソワソワしていた夏目が家に行くのを見送りながら、俺はシフトが入っているのでバイトに行くという、置いてけぼりをくらう形になってしまったわけで。


「自分のいないところで何が起こってしまうのか分からないのが、すげぇ怖いんですよ」

「栞なら絶対断らないもんねー」


 他人事でしかないから、軽い相槌だけしてコーヒーを注ぐ満子さん。時間帯としては客入りもまばらで、こんな風に仕事そっちのけの話もできるわけだが、しかしそれでこの焦燥感が収まることはなく。結局、満子さんに指摘されるくらいに、焦燥が表に出てしまっている。

 思えば、今まで何かあった時は、夏目やアビーの方から「こんなことがあって〜」とかを話してきたから、おのずと向こうが何処までをどんな風に知っているのかが知れたのだが。今みたいに、状況の外側に放っぽり出されたのはこれが初めてかもしれない。


「でもさ、栞が描いた漫画を見に行くだけなら別にいいんじゃない?ほら、結局アイツだっていつか人に見てもらうために描いてるんでしょ?そんな蓮くんが気にするようなモノ描いてるかねぇ?」


 確かに、ウチの姉は少年誌での連載を目指して漫画を描いているのだし、それこそ人目を憚るモノなんて創っちゃいない。本人も「買うならともかく描くのは範疇外」って言ってたし。そこの心配はあんまりしていない。

 だから、俺の心配っていうのは漫画のことよりも、


「俺がモデルさせられたデッサンとかを、嬉々として見せてないかの方が心配なんですよ……」

「あ〜……」


 ただそれだけで全てを察した満子さんが、遂に軽口もくれなくなった。

 ウチの姉はほんの気まぐれに、俺をデッサン人形代わりに使うことがある。指定されるのはほんの日常の一コマ的なポーズだったり、一体いつ使うのか分からないようなアレなポーズだったり。いつも通りの無茶振りといえばその通りなのだが。しかし、ポーズをとっている時にはたと自分を客観視してしまうと、心の中の何かが減る、ゴリゴリ減る。

 そんなモノが二人の目に触れてしまったとしたら、


「一体どんな気持ちでいればいいのやら」


 姉が「蓮がモデルやったんだぜー」とか口走ったら一巻の終わり。そうでなくても、見られただけで精神的に何か、何かくるモノが。つーか、明日も学校あるんだぞ。

 ダメだ。考えれば考えるほど、憂鬱になってしまう。

 そんな俺の姿を見かねてか、湯気ののぼるコーヒーをトレイに乗せながら、


「まあ、栞は遊べるギリギリのラインを見誤らないから、大丈夫じゃない?」

「それって安心できる要素じゃないですよね」

「ん〜、そこはがんばれ青少年。ってことで」


 結局気休めだね、って笑う満子さんに背中をペシペシされながら、お客さんに出すコーヒーを渡された。ホント、姉の友達ってこんなんばっかだな。





 ソワソワしながら仕事していたら、あっという間に閉店時間になった。全く、バイト中だというのに、うわの空もいいところである。満子さんはそういうところ緩いから「気にしなくてもいいよ」と言ってくれたけど、ずっとあんな態度で仕事を続けるのもそれを看過され続けるのも、流石に良い事ではないし。それに、夏目とアビーと友達付き合いを続けていくなら、こんなコトこの後もざらにあるだろうし。

 あんまり気にし過ぎても仕方がない。切り替えるべきところはしっかり区切ってやらなければ、


「あ、おかえり。いやー、あの2人ってアンタがいなくても来るのねぇ。漫画見せてくれ、って言うから見せたけど、アビーはいい子だね。目ェキラッキラさせてさ。あ、夏目ちゃんにはスケッチブックも見せたよ、蓮がモデルやったやつをカレンだって言って。ふふっ、あのページめくって顔真っ赤になる夏目ちゃん面白かったなー」


 家でこれなもんだから、いつ気を休めるように切り替えればいいんだろう。そんでもって、明日どんな心持ちでいればいいんだろう。

 何よりもまず、この姉をどうにか止める目処を立てねばと思う夜だった。

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