35、絵のモデルが自分かもしれないし

「ツイッター?インスタ?動画サイト?それともタレントかモデルの人だったりデスか?」

「あ、いやーえーっとぉ…」

 

 この短時間で何度見るだろう、夏目の双眸スイミング。さりとて泳いだって逃げられやしないのが現実で、依然としてアビーは目の前にいるわけで。


「ど、どうなんだろう?私が知ったのはホント偶然っていうか。だから、そこら辺は私より一橋君の方が詳しいよね?栞さん伝いに知り合いなんだもん、ね?」

「オウ!そうでしたカ」


 コイツ……、丸投げしやがった。ロックオン対象をコチラに切り替えたアビーの死角で、手を合わせてゴメンねマイムをくれやがる夏目。こないだのイベントの写真がツイッターに上げられてることも知っているくせにね。

 ハイハイ、そりゃまあ実際詳しいですよ。姉伝いどころか、なんてったって本人だもんね。仕方ないか、とスマホを取り出し、


「SNSの類いはやってないって言ってたけど、写真ならあるよ。ほら」


 言いながら、画面に自分の画像を出して広橋カレンの写真として紹介する。なんだこの状況。ちなみに写真は、姉が学生時代に一緒になって作ったダークブラウン地の所謂ヴィクトリアンメイド風のドレスを着ている時のヤツ。

 ……もっとマシな写真はないのかって?探せばもしかしたらあるかもしれないが、しかし俺にとってメイクや女装は単なる趣味で、初期の頃ならともかく、今さらそんなパシャパシャするような特別感溢るることではなく。シャッターを押す時っていうのはこういう、何か特別な服やらを着ている時のが多い。

 つまり何が言いたいかというと、コスプレ以外の写真が皆無。これでも、数あるコスプレ写真の中ではまだ奇抜さの少ない方なんです。


「ほへー、キレーな方ですネー」

「だよねっ、だよね!」


 嬉しいこと言ってくれるアビーと、新しい写真を見せたからか若干はしゃぎ気味の夏目。そういうトコだぞー、って言ってやりたい気もするが、そこはそれ。褒められて気分も良いので流しておくとして、


「それで、このお方はメイドさんなのデスカ?」

「はうっ!」


 やっぱりそこ引っ掛かっちゃったかー。夏目も、言われてから気づくんじゃないよ。そういうトコだぞ。おう……、気づいたらクラスメイトの何人かもヒソヒソチラチラこっち見てるじゃん。アビーを中心に、誰ぞ憚るなんてないボリュームで喋ってるから、この会話は完全に周りに筒抜けなわけだが。そりゃ、クラスメイトの女子ににメイドコスした自分の写真を、さも他人事のように見せつけるというのは、改めて言わずともなんだこの状況。

 いやいや、この写真を選ぶしかなかった経緯という名の言い訳はあるわけだし、それを発動しさえすれば……、


「えっとこの写真は……」

「そろそろ授業だから席についてねー」


 月曜5時限目の教科担任が、昼休み終了間際の少し浮ついた空気を宥めながら入って間もなく、本鈴が鳴り教科担の号令で完全にスッパリ切られてしまうという。

 ……アレ。これから俺、一時間近く“メイドさんの写真をクラスメイトに見せたヤツ”なんじゃね?激イタなんじゃね?




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ぜんっぜん、頭に入らない授業が丸々ひとコマ。どう考えても前期末のテストに影響が出る小一時間を過ごした後、すぐ、


「さっきの写真だがな、姉が専門学生の時の課題で作った服を着てた写真なんだ。だからメイド服は姉のシュミだな!」

「へ、へーそうだったんだー(棒)」


 何の脈絡もない気持ちボリューム大きめの言い訳と、大げさでわざとらしい夏目の相槌。そんなガバガバな取り繕いにアビーはというと、

 

「オウ、アレはシオリのハンドメイドだったのですね。つまりシオリはテーラーだったのデスカ?」


 それはそれは、とても綺麗に流されてくださった。しかも、不自然に突発的な切り口も、広橋カレンのことも追及されずにコロッと話が変わるというね。これならもう、俺も夏目も無駄にソワソワする必要もないし、ようやく一安心かと思いきや、


「いや、今は漫画家志望で……」

「マンガ家ですカッ⁉︎」

「お、おう……」


 ぐぐぐい、と大きく身を寄せてきたアビーの目は爛々と輝いていた。


「ワタシ日本のマンガ好きなのでス!セーラー服美少女戦士、向こうデ読んでマシたよ!」


 そう言いながらビシィっと、かの有名な「お仕置きよっ」のポーズを決める。授業の合間、5分休みの突飛な出来事にクラスの視線がまたも集まるが、当の本人はまるで意に介さず、むしろ、むふーと得意げだ。夏目も夏目でセーラー服美少女戦士がお好きなのか、アビーと同じく「お仕置きよっ」の指になっている。リメイクあったもんね。


「イマは麦わらの海賊さんをイチから読んでマス!」

「長いのに手ェ出したな」

「ハイッ、やっと砂漠をこえマシター」


 いい笑顔でサムズアップしてるけど、それ大体20巻くらいの話だよね。その海賊の冒険100巻超えてっけど……。暴風雨のルビだろうストーム!って楽しそうに言っているアビーを見ているとどうでもいいように思えてくる。

 それはそれとして、


「んで、ウチの姉だけどな……」

「そうでシタッ!シオリ、シオリは何を描いてるですカー?読んでみたいデス!」


 うーむ。なんか期待が大きくなっていやしないだろうか。そんなに煽るようなこと言った覚えは一つもないのだけれど。


「あのさ、さっきも言ったけどウチの姉はまだ漫画家志望なんだ。だから職業としてはアルバイトっていうか、そんな感じでさ……」

「オヤ、そうだったのですネー」


 アビーの反応は意外というか、アッサリとしたもので。少し肩すかしを食らったみたいな感覚なのだが、それはこちらの杞憂のせいだったか。と、思いきや、


「デモ、漫画は描いてるのですヨネ⁉︎お願イすれば見せてもらえるのでしょうカ⁉︎」


 いかにも興味津々なアビーなのだが。はてさて、ウチの姉はいったい、弟の友人に見せられるような漫画を描いてくれているのか。その辺りがどうしようもなく不安で、


「ど、どうだかなー……」


 曖昧な返事しか返せなかった。

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