34、『外道』釣りで狙った魚と違うのがかかること

 夏目のお求めになるお話が、初めて好きになったキャラということだったので両親が好きだった影響で見たアニメの“ペンギン飼ってる戦闘指揮官のおねーさん”について軽くしてみれば、ファーストのチルドレン派の夏目に、儚げ系ヒロインの良さについてプレゼンされるっていう。なのでこちらも、負けじと旧劇場版の話をしてみれば、そこから話はシン版、旧版含むストーリーや設定の際などの意味などに飛んでいってしまって。その情報量を語り合うにははとても昼休みじゃ足りなくって、結局話は3割も進まず予鈴が鳴って、慌てて教室に戻ることになった。


 どうにか本鈴前に教室に駆け込めば、俺は軽く息を切らしているのだけど、夏目は息ひとつ乱すことなく次の授業に準備をしている。同じ距離をほぼ同じ速度で、というか校舎内というごくごく短距離で生じたこの差。そんな差に感じた、どうにも言えない自分の中の情けなさを誤魔化すように、小さな深呼吸をひとつ。

 ひと息ついて呼吸も心情も落ち着いたところで、


「ムムム……」


 アビーがすげーこっち見てることに気づいた。こっち、っていうかなんとなく俺と夏目を見て何やら思案げな様子だ。そんなアビーの様子に夏目も気づいたようで、


「アビー、どうかしたの?」


 と伺うと、アビーは至極まっすぐな目で、


「ヒトミとレンは、たまに二人でコソコソしてる時がありますよネ?アレってどーしてデスか?ワタシに聞かせられナイ話デスかー?」


 と、そんな事を聞いてきた。まあ確かに、夏目と話すようになってから2人でヒソヒソ話すことも多いし、さっきの様な呼び出しもあれば、それは側から見ているるとコソコソしてるように見えてしまうのだろうな。それは少し客観視してみればわかりそうな事だ。けれど、当の夏目はというと、


「うぇっ⁉︎ソ、ソウカナー?そんなコソコソなんて、ねぇ……?」


 大いに狼狽えては、どうしよう?と惑うのを隠す余裕もなくチラチラと俺に目配せを送ってくるのだが。そんな明からさまな反応をしてしまうと、自分の方から「そうです」って言ってるのとほぼ同じなんだがな。そんなことに気づく様子もなく、あーうー唸ってオロオロする夏目は見てて面白い気もするけど。だがしかし、俺自身も片棒担がされてる身。そろそろ助け舟をと思い、おもむろに口を開いて、


「あー、……」


 アレ?コレ、なんて言えばいいんだ?

 夏目は自分がエキサイトしてるところを知られたくないわけで。なので、そのキッカケになるアニヲタということも知られたくない。だからこの場合は、俺と夏目がコソコソ話してる当たり障りないテキトーな理由をでっち上げればいいだけなのだが。しかし、下手なウソをいって後々厄介ごとになると思うと軽率に言葉を選べない。俺だけの秘密ならいざ知らず、それがバレて1番困るのは夏目なのだから。俺と夏目が共有できて、かつお互いに守りやすい設定で、当たり障りのない、そんな理由は思いつかない。

 というか、当たり障りないのであれば、コソコソする必要もないだろう、と。

 その舟がとんだドロ船だと気づいた途端、何の言葉も出てこないで、ただ空いた口が塞がらないでいる。アビーに向けられた視線が痛い。純粋な疑問を投げかけてくる目がツライ。隠そうとしてる内容だって、バレて大した問題ではないしと、俺は思う。

 そりゃあ、被せ気味に矢継ぎ早に機関銃のように捲し立てる夏目は、時折迫力満点ではあるけれど。でも、それ以上に楽しそうなのが伝わってくるのも本当だ。夏目自身は優等生の陽キャを擬態していると言っていたけれど、だからといってあの素が陰キャな訳じゃないし。まあ、熱量が高くなり過ぎて近づけなくなることもあるだろうけど。


 閑話休題それはともかく言い訳は思いつかないにしても、何かは言っておかないと、固まったままなのはとにかく気まずい。午後の始業までそう時間はないとしても、後々に尾を引いては(夏目が)困る。何か違う話、俺と夏目がして違和感のない、それでいて全然関係のないといえば……、


「…そういや夏目、昨日ウチの姉と会ったんだってな」

「そっ、そうそう!駅前のモールでね、フードコートで席を探してる時に人にぶつかっちゃって。で、その人が知ってる人だったんだよねー。まあ、私が一方的に知ってるだけで、向こうは私のことなんて知らないんだけど」


 いいえ、バッチリ認知されていますよ。なんなら最近、家族以外で一番喋ってる相手なんじゃないかな。


「その人が相席誘ってくれてさ、そしたら席に栞さんがいたんだよねー。なんとその人、カレンさんと栞さんは友達なんだってね。すっごいビックリしたよー」

「世間って狭いんだなー」

「本当にねー」


 まあ、世間ってかほぼ身内しかいなかったけど。ウチの姉ならアビーだって知らない人じゃないし、夏目は(一応俺も)当事者だしで、注意を逸らすにはいいだろうと思ったのだが。でも、夏目はそれを知らないで本当の偶然だと思っているから、話を逸らすための話にすごくテンション上げて食いついてきた。うーむ、釣りたかったのはそっちじゃなかったんだけどなぁ。

 そんな外道を横目に、アビーはというと、


「全然違う場所で会った2人が友達だってスゴイ確率だよねー」

「オォ、そんなことがあったのですネー」

「偶然ってあるとこにはあるんだね」

「ホントですネー」


 多少、外道に巻き込まれる形ではあるけれど、どうにか食いついてくれたみたいだ。夏目もノリノリで喋ってるし、このまま話が逸れてくれれば万々歳ってところか。そう思った矢先のこと、


「トコロで、ヒトミが一方的にッテ、そのカレンって人はなんだか有名な人なんデスカー?なにで知ったんデス?」

「え…?」


 そりゃ、“一方的に〜”なんて言えば、そういう疑問も湧くのだろう。今のは明らか、夏目のやぶ蛇なのだが……。しかしコレ、何だか俺の方も危ういのではないだろうか?

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