33、揚げ足取り!
「ゴフッ!あ”あ、えふっ…… 、あーあー、はぁ……」
夏目本人は意識してないだろう不意打ちでくらったダメージが回復するまで数十秒。ようやっと気管の異常を押し返そうとする咳が治まって、一息つけたわけだが。
「大丈夫?喉痛めてない?」
不意打ちうってきた夏目が隣にいることは依然として変わりなく。その夏目はというと心配して俺の背中をさすって声をかけてくれるのだが。しかし、問題の根本にそれをされるというのは気が休まらねえです。
「大丈夫、もう収まった」
「本当に?」
「ホントに、もう落ち着いたから」
本人はただ優しいだけなのにね。どうしてこうも、色々ややこしくなってしまうのか。ええはい、全てはコトを秘密にしている俺のせいですとも。分かってますとも、自分という存在が一番ややこしいことくらい。
ま、そんなことは何を今さらなので、それはそれとして。
「……前から思ってたけどさ、人の胸の話とか女子がする話としてどうなのよ?」
「うん?女の子でも普通にする話だと思うけど?あー、もしかして一橋くんって初心だったり?」
小首を傾げるな。キョトンとするな。それから、これはしたりとニヤリと悪戯っぽく笑うんじゃない。俺は自分の話を急角度で放り込まれたからビックリしたのであって、決して初心だとかそんな理由ではない。というか、あの姉がいる環境で純粋培養なんて土台ムリな話なのだが。それを話すと些かややこしくなりそうなので割愛して。
「いやさ、女の子が男に振る話題としてどうなのよ?」
俺が言ってるのはデリカシーの問題です。あと慎みとかさ。
女の子同士ならそりゃ自分の体のこともあるし、気になる話題にもなるだろうさ。けど、俺男だし、あと一応は思春期と称される年頃なわけで。
そういうところを俺は言ってんだよ、ってことなんだが。当の夏目はポカンとしてらっしゃる。ので、
「その、恥じらいとかさ」
「……あっ!そういうことかぁ」
ようやっとご理解いただけたようで。
「わー、そっか。普通そうだよねぇ」
「つまり夏目は普通じゃなかったのか」
「ちがっ⁉︎えーと、そうじゃなくてぇ……、なんて言うかなぁ」
腕組んで考え出しよった。
「そう!アニメとか漫画の女の子って胸の大きさもキャラの一部じゃない?つまりアニオタとしてこれは普通の会話の範疇なんだよ!そして、私は女の子である前にアニオタ、故に普通!」
「その理論だと普通の女の子は捨てことなるぞ」
「じゃあ、もうそれでいいや!」
「普通じゃない」ってとこを否定するはずだったのに、あっさり捨てやがった。ていうか、
「アニオタが胸でキャラ見てる、ってのはかなり暴論だと思うけど」
「う、」
「あとキャラじゃなくて現実の人だしな」
「ぐっ……」
まあ、広橋カレンという存在が幻想とか非実在性とか、そういう点では共通しているわけだが。そんな風に2度目のトドメをくらわして、「ごちそうさま」と、空になったお弁当箱を閉じる。まあ、アレだ。夏目には色々あたふたさせられているので、その意趣返しということで。本人には何のこっちゃさっぱりだろうがな。
そして、打ちのめされた夏目をチラと見やると、
「……ないもん」
口を小さく動かして何事か呟いていると思いきや、
「私別におっきいのが好きなわけじゃないもん!ちっちゃいのも好きだし!だからカレンさんにガッカリしたとかじゃなくて、一橋くんの言う通りだなって、それだけだもん!」
「んん?」
「一橋くんの揚げ足取り!」
捨て台詞にしては威力の低いことを言い残して、勢いそのままにバッと校舎の中へ立ち去ってしまう。ランチセットを階段にぽつねん残したまま。
……だからといって、追いかけるとかはしない。心配する必要もない。
だって、
「……でもやっぱり可愛いは正義だよね」
「お早いお帰りで」
「美少年はいいが美少女はもっといい!みたいな?」
「はいはいローマ」
それほどの間もなく帰ってきて、そして何事もなかったかのように再び膝の上にお弁当を乗っけてつつき始め、それでもって話を続けるのだ。
……なんというか。熱が高くてアグレッシブな時の夏目の、こういう突飛な言動に慣れつつあるな、とふと思った。そして、それが良いことなのだ言い切れないのは、きっとこれから先もそんな彼女に振り回されそうだという予感がのし掛かってくるからか。
「あ、でも別に私、女の子は鑑賞物として好きなのであって、そーいうんじゃないんだよね。初恋だって焔の錬金術師だし。それから鷹の目のおねーさんは憧れなんだよね」
「うん、聞いてない」
「一橋くんは?初めて好きになったキャラってどんなの?」
楽しげにずずいと詰め寄ってくる夏目に、予感が確信に変わるのを感じながら、
「ねえねえ、教えてよ!言うまで逃さないよ〜」
「言う言う。ちゃんと話すから少し落ち着こう、な」
昼休みめいっぱいまで何のタメにもならない話を夏目とするのだった。
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