37、まだ新人の域なのに

『栞さんにスゴイのを見せられたんけど』

『アレって勝手に見てもいいものなのかな。いや自分からではないけどさ』

『なんだかカレンさんに申し訳ないんだけど』

『まだバイト中かな?』

『とりあえず冷たいシャワーで頭冷やすね』


 晩御飯とお風呂を済ませて自室。スマホの電源を点けてみればメッセージアプリのに通知があったので、開いてみれば夏目の狼狽えっぷりがしっかり届いていた。こっちはこっちで気を揉んでいたけれど、夏目は夏目で落ち着かなかったらしく、いつ帰ったかは知らないが9時頃のメッセージというのを見るあたり結構引きずってるみたいだ。

 とりあえず『バイト終わった』と送ってみたが反応はなく。寝ていてもおかしくない時間だし、まだまだ引きずるようなら明日の学校で向こうから何かしら言ってくるだろう。そんな様子が容易に想像がついたので、今この時間で話す必要はないだろう、とスマホを置いて布団に入った。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「夏目は熱で休みなー。休み明けは優しくしてやるように、ノートとかー」


 朝のHRで律子の口から出た言葉に、思わず座る姿勢が崩れてしまう。絶対に昨日の冷たいシャワーのせいじゃん。てか冗談じゃなかったのか、アレ。

 原因を知っている身からすると呆れてしまうような出来事だけど、他のクラスメイトたちは「大丈夫かな」とか「夏風邪?」とか話してたりして。忘れていたけれど、夏目って人気者なんだなって改めて思った。俺が休みになってもこうはならないだろうし。


 「そうだ。帰りにも聞くけど、誰か夏目にプリント届けてくれるヤツいない?今日はけっこー大事なお知らせプリントがあるんだけどさー」


 思い出したように宇佐美が言うと、やにわに教室が静まり返る。それこそ何の音も声もなくなって、それから少しして、


「なんだ?夏目って友達いないの?」


 およそ教師が口にすべきではない律子のその言葉に、朝礼終了の鐘が鳴った。





 あの後、アビーの「私とヒトミ友達ですヨ!」に、律子の「そうだねー」ってやり取りがなんの尾を引くこともなく。帰りのHRのお時間。またもクラスは沈黙の時間にある。


「本当に夏目にプリント届けてくれるヤツいない?ほら、ど頭に“重要なお知らせ”付いてるじゃん。このままだと先生が届けなくちゃいけなくなるじゃん、メンド〜イ」


 あいも変わらず教師失格な発言をする律子が喋っているだけで。粘り強く聞いてくる律子だけど、何度聞いても結果は同じ。誰も手を挙げないし名乗りでない。それは何でかって言うと、


「まさか誰も夏目の家知らないとはなー。勝手に教えるのもアレだしなー」


 学校から近いし友達も多いし「放課後に集まって〜」とか、そうでなくても誰ぞ遊びに行ってそうなものだけど、しかしクラスメイトは全滅。そして、おそらく他所のクラスにも知ってる人はいないんだろう。

 推測ではあるが、その理由は単純明快。多分、家の中アニメグッズでいっぱいなんだろうなぁ。それを見られたくないが故に、誰も家に呼んでないんだろうなぁ。それはまあ、事情としては分かる。分かるのだが、


「じゃ、もっかいだけ。夏目にプリント届けてくれる人、手ェ挙げて〜」


 こんな友達いない吊し上げみたいなことになろうとは、夏目も予想だにしてなかっただろう。コレ、夏目には絶対秘密にしておこう。なんとも気まずい空気の中、早く終わってくれないかなーって思っていたら、


「蓮とかさ、知らないの?最近仲良いじゃん」

「いいや知らない」


 目があった途端ターゲットにされた。けど躱す。だって知らないもんね、部屋番号は。この前、ヨモギの散歩ながらに送ったからマンションは知っているけど、何号室とまでは知らない。だから夏目の家は知らない。ポストに投函もできないしね。

 プリントくらい届けてやればいい気もするけど、どうにも嫌な予感がするんだよなぁ。これだって杞憂と言われればそれまでだけど、ここ最近のことを思えば憂いておいて損はないというか。


「そうか。いないんじゃ仕方ない。じゃあ先生が行けばいいんだな?」


 最後の質問だぞ、みたいに聞いてくるけどクラス全員の「最初からそうしろよ」みたいな空気に、律子もとうとう諦めたようだ。「面倒だなあー」って、ぼやくのは変わらないけど。


「えー、はいはい。じゃ、帰りの会をおわりまーす。起立、礼、さんはい、みなさんさよーなら」


 ご機嫌ナナメな律子は、小学校低学年帰りの会風でHRをシメる。すると教室は途端に放課後になるわけで、クラスメイト数人が律子のそばに寄っていって「すねないでー」なんて、ちっちゃい子を宥めるように揶揄いにいったりする。律子はその手をペシペシと、鬱陶しそうに迎撃して教室からそそくさ立ち去ろうとする。

 俺の場合は特に学校に残るような用事もないのでサッサと帰ることに。


「レンもお帰りですカー?なら一緒に帰りまショー」

「ん、わかった」


 そして、アビーと連れだって教室を出たその時、


「蓮、手ェ出せ、手」


 先に教室を出ていたはずの律子に、出てすぐのところで呼び止められた。というか、いきなり命令形だった。その律子の頭はさっきの出来事のせいでちょっとボサボサだった。けれど律子はそんなことお構いなしに、


「お前これ、夏目んちに届けといて」


 と、結局グイッと引っ張った俺の手に余った分の“重要なお知らせ”プリントを握らせた。


「いやいや、俺夏目の家知らな…」

「伊達に付き合い長いわけじゃないんだ。嘘ついてるかくらい分かるぞ」

「うぐっ…!」

「そういうとこ」


 したり顔で小さく指差してくる律子。こう言う時だけ年上風吹かすのはどうかと思うが、しかし図星ではあるので何も言えない。とは言え、


「まあ、マンションは知ってるけど部屋までは知らないし」

「聞けばいいだろ、なんなら私が教えてもいい」

「さっきと言ってること!」

「冗談。でもま、もう渡しちゃったから後はヨロシク〜」


 そう言って、こっちの言い分なんて聞かずにヒラヒラ手を振って去っていった。そんな律子の後ろ姿を、アビーはポカンと見ていたと思ったら、


「やっぱりレンと先生は仲良シですネー」


 感心したように頷くのだった。

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