31、しばらくこれ以上キャラは増えない、多分

 湯ノ原さんと別れた俺たちは、それぞれの買い物を終わらせに回ったり、絵の参考に種類が見たいと言った姉にペットショップに連れてかれたり、と結局寄り道もした末に帰路についた。そして、


「ただいまー」

「ただいま……」


 出かけたのも道のりも帰宅時間も一緒なのに、この活力の差はなんだろうか。ちなみに元気なのが姉、草臥れてるのが俺である。


「わふっ」

「おー、ただいまよもぎ」


 よもぎは俺が帰ってくると高確率でで迎えてくれる。今だって、先に入った姉を差し置いてまで俺のまん前に来るくらい。正直、どうしてこうも懐いてくれる理由が俺にはサッパリなのだが、それはそれとしてありがたい話である。軽くわしゃわしゃとやれば、よもぎは俺の足にすりすり寄ってくる。


「二人ともおかえりー、周ちゃんきてるよー」


 よもぎを伴い、買い物鞄を提げたままリビングに行けば、母の言う通りそこにはよーく見知った隣人の、周ちゃんこと宇佐美周助が、楓と蒼と共にブロックのおもちゃを積み上げていて、中々の力作を作り上げている真っ最中だった。その周助は、よもぎを隣に歩く俺に気づいて一瞥するなり、


「相変わらずよもぎは蓮が好きだなぁ。あいや、蓮が犬寄せホイホイなのか」

「好きで寄せてるわけじゃねえんだがな」


 気安い態度で話しかけてくるし、俺だって気遣いはまるでない口調で返答する。俺は女装するときは外では声を出さないし、家の中でだって家族と事情を知っている人以外の前で喋ることはない。つまり、この宇佐美周助は俺の事情を知っている。だって何しろ、


「コレ、姉貴が栞さんに渡しとけって。あと「締切は守れよ」だそうで」

「律子が?へー、テーマ決まったんだ。ありがとね、周助」

「うす」


 周助は、姉の幼馴染であり俺のクラスの担任でもある宇佐美律子の弟、そして俺のコスプレの協力者でもあるのだ。プラモデルが趣味の周助は、詳しいことは知らないがプラ板だかパテだかで俺のコスプレに使う小物を制作してくれる。先日、夏目が注目したネックレスのチャームも周助の制作した物だ。

 だから、周助が家に来るのは特に珍しいことではない。そう、ないのだが、


「それ渡すだけなら、わざわざ待ってなくても置いてくだけでいいのにな」

「さあて!蓮も次やるコス決まってんだろ?早いうちに詰めといておこうぜ」


 コイツ、姉のこと好きだからなぁ。言外に“栞に会いたくて待ってたんだろ”と言ってやると、今みたいにわかりやすく話を逸らす。それでいて、というかそれでも、もう随分長いこと姉に気づかれてないから、付き合いの長い俺からしてみると、「不憫だなぁ」だの身内の出来事で面映いだの、色々な事情が入り混じってちょっと多分にイタイタしい。要するに『見てられない』。ちなみに律子も同意見らしい。

 まあ、実際に次にやるものが決まっているのも事実だし、ここは流されておこう。姉と幼馴染の恋路より、自分のコスプレの方が大事とも。


「次にやるのはコレなんだけど、このヘッドフォンを作ってほしいんだよな」

「ふーん、またずいぶん端っこのキャラを選んだな」

「背格好が近くて、肌面積が少なくて、体型カバーできるキャラって限られてるからなぁ」

「あー、でも足は出てね?」

「ショートパンツにハイソックスの絶対領域程度なら大丈夫だろ。ほら、俺足キレイだし?」

「うん、どうでもいいわ」


 だろうな。俺だってどれだけ綺麗かろうが野郎の足には興味なんてない……、どういうスキンケアかは聞いてみたい気もするけど。


「とにかく、これを厚み増やして赤く塗ればいいわけだ」

「そうそう、予算決まったら教えてくれ」

「あいあい」


 軽い相槌をうってから、周助は蒼と楓とあーだこーだと話し合いながらのブロックの積み上げに戻っていく。俺は俺で、部屋からショートパンツに縫う刺繍のアタリでも付けておくかな、なんて考えていると


 ポコン


 メッセージの着信音が鳴る。音の出どころが俺のカバンからなので、俺のスマホが鳴ったということは明白で、別に不思議なことではないのだが、


「蓮の携帯が鳴るの初めて見たな……」

「あー、そうかも」


 どうやら俺以外には超レアな現象に映ったらしい。失敬な、と言ってやりたいところだが、自分の過去を鑑みるに否定のしようもナシ。日頃の行いということにして聞き流す。

 通知のバナーのメッセージは『一人で来てね』、送り主の名前は夏目仁美。ぶつ切りの通知に少し首を傾げて、まあ見ればわかるかとメッセージアプリを開く。


「お兄ちゃん、周助くん以外にも友達できたんだよ」

「マジで……?」

「マジマジ。夏目ちゃんとアビー。2人とも女の子でー、アビーちゃんは裏の家の子なんだって。周助くん学校で会ったことある?」

「夏目は……、話したことないけど有名だし知ってるな。アビゲイルのほうはいろんな部室に「タノモー‼︎」って回ってて文化部連中の間でちょっとした有名人だな。模型部ウチにも来たし」


 あー、そういや律子がなんかそんなことボヤいてたな。その騒動があった日は、俺はバイトでいなかったのだが、なんか方々への説明が面倒だったとか、しまいにゃ「蓮をお守りにつけられりゃよかったのに」って目の前で言いやがったんだよな。聞こえないふりしたけど。


「でも、となるとこの前のアレはなんだったんだ?とても友達って感じじゃなかったけど」

「お兄ちゃんのこと?なんかあったの?」

「月曜にな。昼休み入ってすぐ夏目に腕引っ掴まれて廊下歩いてたんだけど、あんま穏やかな感じには見えなかったからな。ま、それ以降は知らんが」

「えー、何それ⁉︎聞いてないー」

「呼び出し?お兄ちゃん!その話詳しくー」


 楓と蒼が「詳しくー」と合唱しているのを背中に、画面に表示されるメッセージに俺は若干の冷や汗をかいてしまう。


『今日すごいことがあったよ!』

『とりあえず詳しいことは明日話したいから』

『お昼にこの前の階段のとこに集合ね』

『一人で来てね』


 お兄ちゃんね、ホントの呼び出し喰らっちゃったよ。

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