30、
「お待たせ、しました」
お会計を済ませた湯ノ原さんが、タグのさっ引かれた服で戻ってくる。それと、顔の赤みもだいぶ引いたようで、とりあえず今は落ち着いた様子に見える。のだが、
「あぅ……」
流石にさっきまでのことをまるまる無かったことにはできないらしく、こっちに来るなり、というか俺を見るなり顔がだんだん赤くなっているような。そんな調子狂わせるようなことなんて……。まあ確かにいろいろ言いはした……?いや、要約するとかわいいしか言ってない気がするけど。だからこそか、そんな湯ノ原さんの照れを帳消しにできるような言葉が見つからない。湯ノ原さんは湯ノ原さんで、顔真っ赤にしたままだんまりだし。
俺はこのモールで、あと何回こんな気まずさを味わえばいいのやら。
「あらー、初々しいわぁ。いいなー、私もあの頃に戻りたいなー」
「戻ってもああはなりませんよ、私たち」
「それ言えてるー。煽る側だったわぁ」
うぉ⁉︎さっきの店員さん、いつの間に。そして、そんな店員さんと軽口たたいて盛り上がってる姉。ここにいる大体がみんな初対面のはずなのに、そんな事をおくびにも出さず盛り上がってるあたり、2人とも神経図太そうだもんね、初々しさは出なさそうだね。
「今、失礼なコト考えたでしょ?」
『滅相もない』
サッと目を逸らしておく。まぁ、そんなことするってことは何かやましいことがあるって言っているようなもので、だからガッツリ姉が詰め寄ってくるのだが、そのうち、
「ま、何でもいいけどさ」
と、こんなことは日常茶飯事なので姉のスルーも手慣れたモノ。とまあ、初対面の集まりと剣呑なんだか和やかなんだか区別つかない空間になってはおりますが、
『用事もなくずっとお店にいちゃ迷惑だろうしそろそろ』
「えー、気にしなくてもいいんですよぉ?」
『そこは気にしましょうよ、お店側として』
ホントこの人店員かな?ってくらい砕けてるけど大丈夫なのだろうか、その……、お首の方とか。とか思ってたら「てんちょー」と、従業員が責任者を呼ぶ声がお店の奥から。上司を呼ぶにしてはラフだなぁ、と思っ矢先のこと、
「はいはーい」
目の前の人がその上司さんだった。店長ってこんな堂々、客と駄弁ったりしていいのだろうか、いや良くない。
「すみません、呼ばれたんでいきますねぇ」
『呼ばれなくてもいきましょうよ』
「先に言っときますね、またのお越しを〜」
雑な一言を残して、店員、改め店長さんは去っていった。それからややあって、
「あ、あの……、私もそろそろ。これ以上お二人のお時間を取らせるわけにはいきませんし……」
おずおずと、湯ノ原さんが言う。時間を取らせる云々についてはともかく、確かに初対面が一緒にショッピングをして過ごすには、そこそこいい時間が経っただろう。頃合いというやつか。
「えー、そんなの全然気にしなくていいのにー」
「そ、そういう訳にはっ」
ずいずいと迫る姉と、それに後退る湯ノ原さん。どうやら姉はまだまだ元気みたいだが。ちなみに俺も元気です。とはいえ、だ。
『散々振り回したんだから、湯ノ原さんも疲れてるの』
「えー」
姉の襟首をひっ捕まえてぐいっと引き寄せる。湯ノ原さんはこれ以上俺たちを拘束するわけにはいかないと言ったが、いやそれが本心なのだろうけど。こちらから見た様子は結構お疲れのようで。まあそりゃ初対面の人間に囲まれて、慣れない話をされ続ければ大概の人は疲労するものだ。かくいう俺もあの店長さんには圧倒されるものがあったし。とにかく、湯ノ原さんにはゆっくり休んでもらうのがいいだろう、と。
いやまあ、いくらネタ探しをしているとはいえ、疲れの見える人をまだ連れ回すなんて流石にしないだろうし、我が姉のいつもの軽口なのだけだろうけど……。だよね?
「じゃあさ連絡先。何でもいいから教えてよ」
「あ、連絡先、ですか?」
「そそ。SNSとかメールとか、てかラインやってる?」
「あ、ハイ。一応あります」
「QRコード出すからさ、撮っちゃってー」
「は、はい……」
『コラコラコラ』
唐突に強引なナンパが発生しました。そういうのって迷惑行為防止条例違反でいいんだっけ?
ともかくとして、デリカシーをどこかに置いてきたらしい姉の襟首を再び引っ張る。
『なんで⁉︎なんでそんな急なのさ?』
「えー。なんか問題あった?」
『問題っていうか、アレじゃ性急なナンパだよ』
「新歓コンパにいたちょっとアレな先輩を参考にしたから、まあ間違いではないかな」
『分かっててやってんなら、よりタチが悪いわ!』
圧と勢いで萎縮させた相手に自分のID押しつけて登録させるとか、良くないやつじゃん。ちょっとアレっていうか、結構ダメだよ。そんなヤツ参考にするんじゃないよ。
『とにかく!ムリヤリは良くないから』
「まぁ、そうなんだけどさー。……でも連絡取れた方がいいじゃん?」
『なんのために?』
「師匠、続けるんでしょ?」
………………。
『え?』
「いやいや『え?』じゃなしに。アンタが言ったんじゃない、『続けたい』って」
そ、そうだっけ?そういえば勢い任せの言葉の中にたしかにあったような……。だとしても、だ。
『そんな勝手に、そもそも湯ノ原さんがイイって言わないと成立しない話で……』
「良いです。むしろお願いします!」
「だってさ」
いいんかい。いやそれでも、それでもだ。
『だとしてももっと丁寧なやり方とかさ』
「あんたカレンちゃんで裏アカ持ってる?」
『ありがとうございますお姉さま』
別れ際の湯ノ原さんが言うには、見事でキレイなお辞儀だったらしい。
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