25、世界中の誰より

 ショッピングモールで知らない女の子からの唐突な「弟子にしてください」。


 ……どうしてこうなった?


 姉が「アンタ、今度は何やらかしたのか」みたいな目でコチラを見てくるが、流石に今回ばかりは思い当たる節がないぞ。

 だって、俺とこの女の子は初対面のハズ……、なんだか妙な既視感はあるのだけれども。


 いや、なには兎も角だ。俺は弟子なんてとれる身分ではないし、そもそも、


『どうして私に弟子入りなんて?』


 彼女が俺に弟子入りしたい理由も意図もキッカケもわからないわけで。この子が別に悪い人には見えるってわけじゃないし、何か裏があるのでは?なんて疑念を抱いているわけではないのだけれど。一応、それは聞いておきたい。

 と、思ったのだが、


「えと、その……。わたし、こんな自分を変えたくて……」


 もしかしてコレ、聞いたら断りにくくなるんじゃないか?


 そんな俺の懸念をよそに女の子は話し始める。



「わたし、ご覧の通りこんな性格で、だからいっつも一人で……、そんな自分を変えたいって。それでその、アナタを一目見た時に「私の理想像はコレだ!」と思いまして。それで、コソコソと付け回すようなことをしてしまって、それなのにこんな厚かましく……、すいません‼︎」


 この子はホント何かにつけて謝るなぁ。別に怒っていないとはいっているのだが。

 それにしても、うーむ。


『理想像⁉︎私が?』

「ハイ!キレイでカワイくて、それでいて仕草も可愛らしい。正にわたしの憧れの女性像なんです‼︎」

『筆談でも?』

「可愛らしい字でとても素敵だと思います!」


 まっすぐこちらを見てくる真剣な表情で、とりあえず彼女の言葉に嘘がないことはわかった。

 ……まあそりゃ、色々と研究して自分の探求するカワイイを追い求めた結果“理想像”とまで言われるのは嬉しいよ。だけどそれ以上に、そこまで言われるのはさすがに恐れ多いんだ。


 ……だって俺、男だしさ。


 ダメだ。これはさすがにダメだ。

 勝手に憧れられた、とはいえ自分はその憧れすら向けられるに足る存在ではないのだ。そもそも性別違うし。

 どうにかして断らないと、とマジックを動かしていると、


「いいじゃん。弟子、とっちゃいなよ」

「っ⁉︎」


 この姉は……っ。なにを無責任なことをしやがるんだ、と抗議の意味を込めた視線を送れば、


「まぁまぁまぁ」


 ぐいーっと、強引に肩に腕を回されてホールドされる。そんでヒソヒソ声で、


「少しくらいやってあげなさいよ。もしかしたら、あの子にとっては大事なことかもしれないでしょ」


 それはそうかもしれないが。

 だけど、俺には彼女の望みに応えられる為の“前提”が足りない、というか欠落しているのだから。「じゃあやろうか」なんて気楽に請け負えるようなことではないのだ。

 だけど姉は、


「ああいう気が弱い子が勇気出すってすごく大変なんだよ。それを断っちゃうなんて可哀想じゃない」

「……」

「どれだけ優しく切りつけても傷は付いちゃうものなんだからさ。なら一回だけのレクチャーくらいしてあげなよ」


 どれだけ優しくしても、か。まあ、分からないではない論法だしその言い分にも一理あるのだろうが、まだイマイチ折り合いがつかない。

 どうしたものか考えながら、チラッと女の子の方を見れば、オドオドと不安げな表情でこちらを窺っている姿が映り、


『わかったやるよ』

「おーおー、さすが蓮は優しいねー。いや、今はカレンちゃんと言うべきかなー?」


 どの口が言ってんだか。ほぼほぼ、やらせたみたいなもんだろうに白々しいことを。

 そんな調子でうりうりしてくる姉の腕を振りほどいて、


『ホントに私でいいんですか?』

「ハイ!ぜひ!」


 改めて確認を取ると迷わず返答された。そのあまりの即答ぶりに、また別の心配がふえそうだが。

 いやまあ、それはそれとして。


『わかりました。出来る限り頑張らせてもらいます』

「あ……、ありがとうございます‼︎」


 深々と頭を下げる女の子。そして集まる周りの視線。そりゃあ、ここは日曜のショッピングモールなんだから、そらそうもなるよな、と。

 女の子もそれに気づいてか、顔を上げたのにすぐに俯いてしまう。


『まずは周りを気にすることから始めようか』

「ハイ……。うぅ……」


 長い髪の下からもわかるほどに顔を真っ赤にしてまたも俯いてしまう。

 これは中々、難儀なことを引き受けてしまったかもしれない。とはいえやると決めた以上はやりきるしかないのだけど。


『じゃあ改めて、広橋カレンです』

「あ、……湯ノ原小牧ゆのはらこまき、です。よろしくお願いします、師匠!」


 あ、また深々と。


 ……ん、

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