26、A little heart girl

 ついさっき会ったばかりの初対面の女の子“湯ノ原小牧”を、弟子にとることになりまして。今まさに教えを請われているわけですが、


『とはいえ、私に教えられることなんてあるのかなぁ…』

「あります!師匠は存在自体が教科書なんですから!」


 ダメだ、その前にツッコミどころが多すぎる。短い言葉の中にギュッと色々と聞きたいことはあるのだが、まずは、


『師匠ってなんのことかな?』

「それはもちろんカレンさんのことです!」

『なんで師匠呼び?』

「弟子になったからには当然のことかと!」


 うーん、なんだか認識の相違を感じてしまうのだが……。姉が小刻みに震えているし、これ以上の藪蛇を出して俺にビミョーな気持ちになるのも嫌だし、この話はここまでにしておくとして。


『えとじゃあ、どんな風になりたいとかあるかな?』

「それはもちろん師匠のように!」


 おっとそう来たかー。

 いやまあ、そう言ってもらえること自体は有り難いのだけれども。正直、会ってまだ一時間と経っていないのにここまで言われるのも、嬉しいというか戸惑うというか。詰まる所、どんなリアクションをすれば正解なのかが分からない。

 あと、俺みたいになるのはダメだ。絶対にダメだ。

 そんなことを誤魔化すみたいに苦笑しながら、


『えーと、ほら。かわいい系とかクール系とかそういうコンセプトがあると分かり易いかなーって」

「そ、そうですよねっ⁉︎すいません的外れなこと言って、ホントすいません!」


 おっと今度はそう来たかー。

 うーむ、よく謝る子だとは思ったけれど、ここまで頭を下げられるとなんだかなあ。なんかこう、「あれー、俺こんなに責めたっけ?」って気になってしまう。加えて、男であることを隠しながらこんなことしてるのがあるから尚更、罪悪感というか、それに準ずる自責の感覚がふつふつと。

 これ以上謝られるのは心情に良くない。


『あのね、丁寧なのはいいことだけど必要以上に謝っちゃうと相手も罪悪感持っちゃうかもだから、あんまりいっぱい謝らない方がいいかも、なんて』

「えー、アタシは全然気にしないけどなー」

『お姉さん黙って』

「ちぇー」


 そりゃアンタほど図太ければ何ともないだろうけどサ。でも、非がない相手に謝られると、コッチが悪いことをしてしまった気分になってしまうものじゃないか。いや、一般論かは知らないが。

 まあ兎に角だ。


『自分が悪くない時は頭を下げなくていいんだよ』

「えとすいま…、あっ……。頑張り、ます」

『まあ少しずつね』


 どうやらまだまだ先は長いみたいだ。まぁ、それは今後の湯ノ原さんの頑張り如何に任せるとして、


『えーと、それじゃあ話を戻すけど、湯ノ原さんはどんな風にイメチェンしたいのかな?』

「あう、そうでした。えと、そのぉ……」

『具体的じゃなくても全然いいよ』

「それならアンタみたいに、ってのでも…」

『お姉さんは黙っててね』


 逐一口を挟まないと死んじゃう病気なのかアンタは。こんな純朴そうな子を俺みたいにってのはダメだってのに。

 そんな風にからかってくる姉とホワイトボード越しに睨み合っていると、


「……るく」


 湯ノ原さんが、とても細く小さな声で絞り出すように、


「今より明るく、なりたい、です」


 うつむき気味でそう言って、そして、それでも照れを隠し足りないのか彼女はさらにうつむいた。

 そんな様子の湯ノ原さんに、わかった頑張るよみたいな旨を伝えるためボードに言葉を書くのだが、


「……」


 未だに湯ノ原さんは顔を伏せたままで、これではボードを掲げても言葉が伝わらない。かといって、声は出したくないし、肩を叩くとかのスキンシップ?は長年ぼっちでやってきた俺にとってはむずかしさがおにで無理だ。

 というわけで、姉に助け舟を求めるよう目で訴える。

 するとそこはさすが姉。「仕方ないなぁ」みたいに肩をすくめて、そして、


「だーいじょうぶだよ小牧ちゃん。カレンに任せとけば大体なんとかなるなる」

『ハードルを上げろなんて言ってない!』


 結局、姉は姉でしかなかった。


「も〜、師匠がそんな弱気なこと言っちゃダメよ〜?」

『アンタの師匠じゃないけどね!』

「知ってるよそんなこと」

『このっ…』


 と、そんな軽口と軽ボードの応酬をしていると、ふと、湯ノ原さんがぽかんと置いてけぼりなことに気づく。


『なんか、内輪ノリでごめんね』

「い、いえ!それだけ仲が良い友達ということですよね?憧れます!」


 いや、姉弟です。とは言い出せるはずもなく、苦笑して誤魔化す俺をよそに、


「何言ってんのぉ、もう小牧ちゃんも友達だよ。ね、カレン?」

「ひゃわっ⁉︎」


 デリカシーのないこの姉は、ガシッと湯ノ原さんの肩を叩くように押して、俺との距離を詰めさせる。その距離大体20cm。

 意図せぬ急接近に湯ノ原さんは面食らった顔をのまま顔を真っ赤にして固まってしまう。そして、師匠と呼ばれる手前余裕ぶってみてはいたが、俺も中身はコミュ力不足の男子なので、


『 』


 とっさに何も書かれていないボードで顔を隠してしまった。


「なに、アンタも照れてんの?」


 そんな俺たちを見て、顔は見えないがニタニタ笑っているであろう姉のからかうような声が聞こえて、


『とにかく!湯ノ原さんのイメチェンアイテムを探しにいくよ。まずは服から!』

「は、はい!」


 誤魔化すように出したボードに、湯ノ原さんも気恥ずかしさを紛らわせるように同調する。そして、空気を読んだのかそれ以上姉の追及はなかった。

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