24、壁に耳あり障子に目ありと言うけれど

「は〜ん、戻ってくるのが遅いと思ったらそんなことがあったのねーえ?偶然って感じ〜?」


 愉しいことを見つけたと言いたげな、いじの悪い目でこちらを見てくる姉。まるで獲物を見つけた狩猟者の目、きっと後で根掘り葉掘り聞いてくるんだろうなぁ。

 分かってた、分かってたんだよこうなるってことは。でも仕方がないじゃないか。あんな話を聞かされた後で、しれっとどっか行けるほど都合のいい性格してないんだから。

 だけど夏目は、そんな姉の目の色に気付くことなく、


「こっちこそ、まさかカレンさんと栞さんがお友達だったなんてビックリですよ」


 なぁんて、ほわほわとフライドポテトを食べている。


 ああ、カレンってのは俺のことね。フルネームだと“広橋カレン”っていうらしい。俺と夏目が一緒にいるのを一目見て色々察した姉がついさっき決めた俺の偽名だ。

 姉の後輩(なんの後輩かは知らない)で大学生という設定、らしい。これもさっき姉が決めた。

 俺としては本名の《文字り》だから内心ヒヤヒヤなのだが、姉はそれも折り込み済みらしい。


「そうねー、友達ねー」


 姉のニヤつき方がより一層悪味を帯びる。本当は友達どころか二親等という関係性なのだが。

 どうしよう……、意図しない嘘がどんどん積み重なっていく。


「で、偶然会ったってのは分かったけど、2人はどんな話をしてたのかな〜?」

「……それは内緒です」

「えー、どうしても〜?」

「どうしてもです」


 確かに、結構恥ずかしいこと言ってた気がするからなぁ。


「特にひと……、蓮くんには内緒にしておきたいので。栞さんには絶対内緒です」

「っ……!」


 姉が肩震わして笑うの堪えてやがる。「蓮くんには内緒〜」の辺りがツボらしい。

 2人の会話を聞き流しながら、ちょっと伸びちゃったうどんを一人ズルズルと流し込む。


「あ、お二人が友達ってことはカレンさんが蓮と知り合いってことも……」

「ふくくっ……。そうね、知り合い……、ね」

「カレンさんも、どうか蓮くんには内緒でお願いします」

「ぶふっ……!ダメだっ、もう、限界」


 姉の肩がランマーか、ってくらいに震えている。ので、うどんの最後の一口を飲み込んで、


『じゃあ、わたし達はもう行くので。お話ありがとうございました』


 席を立ち、トレイと姉の腕を持ち上げる。


「えー……、もうちょっとお話ししようよ〜」


 名残惜しいみたいな声色で言っていても、顔には「もっとからかいたい」がべったりプリントされている姉に懇願するように睨む。

 すると姉も折れたようで、


「はいはい、わかりましたよ。じゃあ夏目ちゃんまたねー」

「え、あ、はい」


 姉を強引気味に引きずって、うどん屋さんに器を返してさっさとフードコートを出て行く。そんでもってツカツカと、早歩きに通路を進む。

 同じ建物にいるのだから、もう夏目と出くわさないなんて可能性はゼロにはならないけれども、それでもとりあえず距離を取っておきたい。どこまで行くのか自分でも分からないけどとにかく歩いて、そして、


「ちょっとぉ、コッチはヒールなんだけどー」


 言われてはたと立ち止まる。見れば姉の靴は確かにかかとの少し高いパンプスで。


『ごめん』

「イイよ別に。言ってみただけだし、この靴柔らかいんだよー」


 どうやら俺を立ち止まらせるためだけの言だったらしく、


「なんならこの靴で三段跳び出来るし」

『それはコッチが恥ずかしいからやめて』


 なんて、靴ズレとか心配した俺がアホみたいな戯言を言いながらふつうに歩きだす始末。


「ほら、もう買い物終わらせて帰ろう」


 そんな姉の先導に着いていって、買い物が再開される。





 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「ねえ、コレとコレどっちがいいと思う?」


 ついさっきどれを買おうかアタリを付けていたハズなのに、いざってなると隣の服に目移りして結局悩んじゃう現象。買い物してるとままある事だと思う。


『コレどっちがいいかな?』


 まあ俺もなんだけどさ。


 そんな風に買い物を満喫して数店舗目。姉のお目当てのお店で何の気なしに服を手に取ってみたりしていると、


「ねぇねぇ」


 会計に向かった姉が買い物袋膨らまして戻ってくるなり肩を叩いてくる。


『なに?』

「“なに?”じゃないわよ、アンタも気付いてるんでしょ」

『あー……』


 姉の言葉に思い当たることがあるとすれば、


『なんだろうね、あの子』


 物陰、服の陰からこちらをジーっと見ている前髪の長い女の子のこと。こちらを見ているなんてのは、ただの自意識過剰な思い過ごしかと思ったりもしたのだけど、行くお店行くお店で見かける上にずっとこちらを見ているので、どうにも気のせいではなさそうだ。

 チラッとその女の子の方を見れば、サッとその子は隠れてしまう。

 うーむ、どういう事なんだろうか。それとあの子、どこかで見たことがあるような……。


「ちょっと声かけてきなさいよ」

『そんなナンパしてこい、みたいな』

「今のアンタじゃナンパになんないでしょ」

『そりゃそうだけどさ』

「じゃ、いってこい」


 ボスッ と買い物袋で背中を押されて仕方なくその女の子のところへ。


『あの、なにかご用ですか?』


 今さらながら、初対面の人を相手にホワイトボードで筆談というのは如何なものだろうか。とはいえ、いきなり喋って女装を明かしてもそれはそれでビックリされそうなものだが。

 それは兎も角として。

 その子は、俺のホワイトボードをまじまじと見てからキョロキョロと辺りを見回して、それから恐る恐ると言った具合に自分で自分を指差した。それに俺が頷くと、


「ひゃうっ、ごごごごめんなさい」


 と、勢いよく頭を下げて脱兎のごとく逃げ出した。のだが、


「おねーさんもお話聞きたいな〜」

「ひゃわっ⁉︎」


 いつの間にやら姉が回り込んでいた。


「ああの、あのあの」

「怖がらなくてもいいよー。アタシたち別に怒ってるわけじゃないし、ね?」


 だとしても無音で接近されるのはとても怖いと思うのだけど。

 まあそれは置いといて、


『ワケだけでも聞かせてもらえませんか?』

「う、あ、……はい」


 スーハーと大きな深呼吸を繰り返してからようやく落ち着いてくれたようで。それから、その子はまっすぐ俺の方を見て、


「あの……、わたしに可愛くなる方法を教えてください、弟子にしてください!」


 ……はい?

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