15、教師以外の引きはいいんです

 ペラペラ パチッパチッ


 そんな音を立てながら、三人で少し作業をしてみて気づく。


「やっぱ多いな……」

「だねぇ」

「デスね」


 そりゃ、まだやり始めだから減ってないのはそうなんだけど、それにしたって量が多い。二百枚ずつくらいあるんじゃないか。


「でも、三人でやればすぐですヨ」

「だね」


 さっさっと三枚一セットを作ってこちらに渡してくれる二人。現在二十セットくらい作ったわけだけど、


「あと百何十って感じだな」


 細かい数字はわからないけど、確実に百は超えてある。これを一人にやらせようとしてたんだから、本当アイツは嫌なヤツだ。


「ホッチキス追加だぞー」


 嫌なヤツの登場である。律子はホッチキスをさらに二つ机の上に置くだけ置いて、


「じゃ、アタシは部活見なきゃいけないから。蓮、あとはヨロシク」


 と、さっさと教室を出ていこうとする。


「あ、終わったら教卓の上に置いといてなー」


 ガラガラ、ピシャン。

 そう言い残して、本当に出ていきやがった。清々しいほどの押し付けだ。


「先生忙しいんですかネ?」

「んなわけないじゃん。アイツが顧問の部活、模型部だし」


 ウチの模型部は、大会とかで賞を獲ったことがあるようなガチ勢揃いで有名な、それはもうニッチ部活で。だから生徒の方が詳しすぎて顧問の指導なんて必要ないのだ。

 だから、律子なんてあの部活にはいてもいなくても関係ない。


「そういえば、随分と気を使わずに話してたし先生のこと呼び捨てだったし。一橋くんって宇佐美先生と仲良い、の?」


 と、聞きながら自分の発言にすら疑問を持って困惑する夏目。たしかにお互いあんなに気安いと、そう思われても仕方がないか。だが、


「断じて仲は良くないぞ。ただ昔からの知り合いってだけだ」


 もっと言えば、家が近所で姉の友達で、そんでもって姉と一緒に俺を着せ替え人形にしていた1人だったという間柄なだけ。そのせいで、律子も俺が女装コスをしていることを知っているから、それをダシに色々とパシリみたいなことをさせられている。

 そんなのと仲が良いなんて、ホント冗談じゃない。


「気を遣わないのは、単純にアイツがそういうやつなだけだからだよ」

「あはは…。それは何だか、わかった気がする」


 夏目が少しの同情の眼差しをこちらに向ける。それでも手を止めることのないあたり、この作業に慣れ始めたのだろうか。

 そして、今度は三人それぞれでペラペラと紙を三枚とってパチパチとホッチキスで留めるだけの時間になった。

 と思いきや、


「思い出しまシタッ!」


 と、アビーが急に大きな声を出した。それはなんの脈絡もなくいきなりの事だったので、俺も夏目もビックリして手を止めてしまった。


「ナンかずっと引っかかると思っていたんですケド、やっと思い出せまシタ。一橋って名前、昨日ワタシが挨拶に行った家と同じ名前デシタ!」


 それか。

 なんというか、今それ?って気持ちがなくもないけど。でもアビーからすれば、昨日引っ越し蕎麦渡した家と、転入した先のクラスメイトの苗字が一緒だなんて、気づけばそりゃ驚きもするだろう。俺だって朝はビックリしたし。

 んで、それがわかったら次は、


「もしかして、アナタはワタシの家の裏に住んでマス?アー、桜サンのお家デス」


 とまあ、そんな考えも浮かんだりするよな。そんなに多い苗字ではないし、実際、


「その通り。一橋桜は俺の母さんだよー、昨日はお蕎麦ありがとうね」

「やっぱりそうでしたカ!」


 うーむ。一目で肌ケアに気づくあたり、アビーは相当に見る目があるみたいだし。何か勘づかれないようになるべく接点を増やさず、距離を置いておきたかったのだが。

 しかし、ああもお互いの家が近いと誤魔化しきるにもムリがあるだろうし。


「わー、すごい偶然だね。それこそ漫画みたいな話じゃない?」

「言われてみれば、確かにその通りデス!」


 本当にね。


「これで曲がり角でぶつかったりとかしていれば完璧だったんですケドね〜」


 そこに関しては同調しないぞ。ほら、夏目だって苦笑いじゃないか。

 そんな無駄話をワイワイと交わしながら、三つの紙の山を切り崩して新しい山をこさえていく。

 そして20分くらいが経った後、


「これで終わり」


 最後の一セットを綴じて、全部の作業が終了した。

 出来上がった紙の束を見やると、一人でやる羽目にならずに本当に良かったと改めて思う。


「いや助かったよ。ありがとう」

「早めに終わって良かったね」

「とっても楽しかったデスよ!」


 三人それぞれ机を元の位置に戻して、鞄を肩にかけたりリュックを背負ったりする。俺はそれに加えて、束ねた資料をホッチキスと一緒に持って、教卓にどかっと置いてやる。


「さ、帰ろ帰ろ」


 三人揃って教室を出る。放課後の廊下は人影すらなくて、だけど何処かしらの教室でダベっている誰かさんの喋り声が聞こえてきたり、グラウンドから運動部の掛け声が響いてきたりする。

 そんな廊下を三人、なんの会話もなく歩いていると、


「あ、そうデス!すっかり忘れてまシタ!」


 また何やら思い出した様子で、少し前を歩いていたアビーが振り返る。


「お二人の名前、聞いてませんでしたヨ」

「あ、そういえば」

「そうだったような」


 まだフルネームで名乗ってはいなかったか。思い返せば、アビーの呼び方の時に話題に上がってもおかしくなかったのだが。

 あ、その流れを断ち切ったの俺だったか。


「じゃあ改めて、夏目仁美です」

「一橋蓮です」

「ヒトミとレン、ですネ。ではお二人、これからヨロシクお願いしマス」


 ペコリと頭を下げたアビー。そんな彼女に俺と夏目も、


「「こちらこそ、よろしく」」


 そう返した。上げられたアビーの笑顔は、なんだか少し嬉しそうに見えた。

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