14、慣れないうちはそんなもの

「うわ、なんか増えてる」


 律子が教室に戻ってくる頃には俺と夏目、そしてさらに何故かアビゲイルという資料まとめ隊が出来上がっていた。


「んだよぉ、夏目もアビゲイルもいんならもっと早く戻ってきたのになー」

「律子のそういうところ本当に嫌」


 要は俺単体だと急ぎやしねぇ、ってことじゃねえか。明らかな生徒差別がここにあります。


「ホッチキス足んねえからまた職員室いかなきゃじゃん。あ、とりあえずページ順に重ねて左上にホッチキスしてくれたらいいから。あと蓮、学校では律子“先生”な。別にアタシは気にしないけど」


 ドサドサ、と机の上に縦横が互い違いになり重なった紙束とホッチキス一つを置いて、律子は教室を出ていく。今度は若干の早足だった。

 それしても、机の上にホッチキスが一つとは。どうやら律子は、夏目の懸念した通り俺にこの紙束全部を押し付ける気でいたらしい。

 本当にイイ性格してるよ、アイツ。もう怒りと呆れが同時にくるね。はぁ、とため息を一つ吐いて紙の束をページ別に分けようとする。

 だけど、机一つではA5だかB5だかの用紙を複数置くにはスペースが心許ない。まあ足りない訳ではないのだけれど、それだと今度は作業がしづらくなるし、完成したのを置く場所もなくなる。


「机くっつけちゃおっか」

「そうだな」


 夏目の発案により、俺の席と夏目の席を向かい合わせにして合わせる。そして、その横にアビゲイルの席が接舷する。


「ところで、アビゲイルも良かったのか?転校初日で雑用なんて」


 そうだ。ここにアビゲイルがいる理由、というか“いたがった”理由はイマイチ分かっていない。彼女は、夏目の手伝いの申し出にさらに俺がお願いしたあたりで、

「ワタシもそのお手伝いやってみたいたいデス」

 と、志願してきたのだ。こんな何の益にもならない雑用を転校初日の、それも今まで外国住みの人間に手伝わせるなんて。なんか悪いことしてる気持ちになってしまうのだが、


「大丈夫デス!放課後に学校に残って作業って、なんだか漫画のシチュエーションみたいデス!」


 ああ……、なんとなくアビゲイルという御仁が分かってきた気がするぞ。向かい側をチラリと伺えば夏目も俺と似たような例えようのない苦笑いを浮かべていた。


「? ワタシ変なこと言っちゃいましタか?」

「「いいやちっとも!」」


 否定の言葉が夏目とユニゾンした。まあ、それは兎も角として。

 さっきの俺たちの反応はアレ、夏目の隠し事とか漫画のシチュエーションに対する憧れへの共感とか、その他諸々様々な要素がごちゃ混ぜになって出てきてしまったリアクションで。

 だからアビゲイルは何一つ悪いところなんてない、とは夏目との約束があるのでとても言えない。

 そんな気まずさを紛らわすように俺は紙の束を三つに分解する。その間に、


「えーと、アビゲイルさんは漫画が好きなの?」


 お、さすが夏目。ナイス質問。


「ハイ!漫画だけじゃなくてアニメやゲームも大好きデス!一番好きはニチアサ、デスね」

「へー」


 詳しいな。まあ、テレビで日本のアニメや漫画にどハマりする外国人の映像とかあるし、取り立ててそんなに驚くことではないのだろうが。

 それでも、おそらく海外の日曜朝にあの1時間半はないだろうに、サラッと“ニチアサ”って単語が出てくる辺り、相当だと思う。そんな風に関心していたら、


「それよりもデスね!」


 と、アビゲイルはずいっと身を乗り出す。


「二人とも、ちょっとよそよそしいデスよ。ワタシのことはアビゲイルでなく“アビー”と呼んで欲しいと言ったはずデス」

「あー……」


 たしかに、朝の挨拶でそんなことを言っていたような。その後の肌キレー事件のせいですっかり忘れてたわ。


「アビーさん?」

「No」


 夏目はちゃんと言われた通りに呼んだハズなのに、即座にノーを突きつけられてしまった。そんで夏目はちょっと面食らって……、ん?ちょっと凹んでないか?いやまあ、考えてみればネイティブな英語でパッと否定されると結構キツイか。


「“ちゃん”ならまだしも、“さん”はちょっと遠慮を感じマス。出来ることなら、なるべく呼び捨てでお願いしマス」


 ああ、そういう。つまり敬称は略で頼むよということか。ま、元々俺はそういうの煩わしいから付けないけど。

 だから、


「じゃ、アビーだ」

「Yes♪」


 本場のイエス頂きました。

 別に言われればそう呼ぶだけなんだがな。夏目だって、俺よりコミュ力高いんだからこんな要求余裕だろうと思ったら、しかし、


「私、誰かを呼び捨てで呼んだことないかも……」


 顎に手をあて考え込んでいた。

 そういや夏目のコミュ力の高さはここ最近身についたものらしいし。休日の様子から鑑みるに、言ってしまえばインスタント陽キャだもんな。

 それが途端に他人を無遠慮に呼んだりするなんてのは、ちょっとハードルお高め設定だ。ニワカじゃ真正の光属性には敵わないということか。


「大丈夫デス。向こうでは“さん”とかそういうのありませんから、無くったってワタシ気になりませんヨ」

「そ、そっか。じゃあ、……アビー?」

「ハイ♪」


 慣れないからかちょっと照れる夏目と、満足げに笑うアビー。

 そして、資料をページ順で三枚に重ねてパチリとホッチキスで留める俺。


「あ、ゴメン。ちゃんと手伝うから!」

「そうでした、お手伝い頑張りマス!」


 黙って資料まとめをしだしたのは、別に陽と陽の間にあるのが辛かったからとかそういうことでは断じてない。

 ホッチキスの音に慌てた様子の夏目と、改めて気合を入れるアビー。

 別に「仕事しろ」って言いたかったわけじゃないんだけどな。元々俺の頼まれごとだったわけだし。

 本当、ありがたい。


「うん。じゃあとりあえずページ順にしたの作ってくれる?」

「了解」

「了解デス」


 そうして教室の中では少しの間だけ、紙をペラペラとめくる音と、ホッチキスのパチッという音だけが鳴ることとなった。

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