13、印象操作デスか?

「最近見たハズなんですヨー。特にアゴのラインに見覚えがァ……。あ、お肌キレイですネー」


 今度の言葉は、すぐに空気に溶けてしまうほどに小さな呟きだった。

 目をキラキラさせながらこちらを見てくるマイペース転入生アビゲイル。急に詰められた距離を開けるように俺は、椅子に座りながらではあるが精一杯後退する。

 えーと、何これ。


「アビゲイル、席に着こうな?」

「あ、スミマセン」


 よしっ!よくやった律子。珍しく教師らしいことを言えたじゃないか。

 律子に注意をうけて、ようやくアビゲイルは充てがわれた席に着く。それでもしばし静寂な教室だったが、


「えー、じゃあ朝のホームルーム終わり。次の授業の準備をしておくように」


 そう言い残し、律子が教室から出ていったのをキッカケにクラス内はざわめきだす。教師が居なくなると喋りやすくなる、生徒の心理だなー。

 そして早速アビゲイルの周りには、興味を持ったクラスメイトが何人と集まって質問をしたりしている。


「アメリカに住んでたんだよね?」

「そうデスよ」

「それにしては日本語上手すぎね?」

「パパが日本人で、パパに教えてもらったんデス」


 てな具合に、アビゲイルはそんな状況に物怖じすることなく、むしろ楽しげに受け応えていてすでにクラスの空気感に馴染み始めていた。


 明るくて元気で、少し不思議なところがある女の子。多分それが、クラスの大半がアビゲイルに対して抱いた印象だろう。俺もそんな感じだ。


 けど、俺にとってもっと気になることは、まさかスキンケアに目をつけられるなんて、ということだ。

 確かに、肌は化粧の土台として少しは気を使っている程度だけど。それにしたって、今までクラスの誰も気づかなかったこんな陰気そうなヤツの肌質を一目で見抜くなんて、いったいどんな観察眼なんだか。

 まあ、クラスの女子はみんな俺と顔合わせてくれないんだけどね。そもそも気づきようがないっていう。夏目が稀有な例だっただけで。

 だけど、


「えー、マジで一橋が?」

「それがマジっぽいの」

「あー、よく見ると確かにキレイかも…」


 なにやら女子からチクチクとした視線を感じる。大方、さっきのアビゲイルの言葉が気になったんだろうけどさ。

 このクラスはヒソヒソ話が下手な奴が多いな。それとも、わざと聞こえるように言っているのだろうか。別に悪口ってわけではないから傷つきはしないけどさ。むしろ、肌褒められてるの嬉しいけどさ。


「……なんか、ちょっとムカつく」

「確かに。男子に肌質負けるの腹立つかも」


 なんでさ!

 いやまあ、褒められるにせよムカつかれるにせよ、それ自体はあまり気にしてないのだが。

 問題があるとすれば、『俺とコスメを関連付けて見られる』ことの方だろう。

 なるべく女装コスバレの可能性を潰すために、学校ではコスメや美容とは縁遠い格好をしているというのに。もし仮に、そんなイメージが定着してみたらどうだろう。今はあの写真が、俺の女装写真だということに気づいていない夏目だけど、イメージの変化によって気づくないし勘づく可能性が上がってしまわないだろうか。


 ……自分で考えだことだけど、ナシな気がする。

 いやいや、人の思考は時として突飛なものなのだ。俺が女装を始めようと思ったように!


 とはいえ、何か上手い解決法があるわけでもないし。そもそも、俺ごときの噂なんて明日にはみんな忘れているだろうし。そうだ、アビゲイルだって忘れているだろう。

 ならこれは、下手に手を出すよりも何もせず静観した方がいい、うん。


 1時間目は数学だ。苦手な科目だけど、今日に限っては変に前向きな気持ちで受けられる気がした。




 ▽▽▽


 アビゲイルが朝に絡んできた以外は、特に何事もなかった。そして平穏無事に1日を終えたと思いきや、


「あ、そうだ。蓮、ちょっと資料まとめ手伝ってくんない?」

「……ウス」


 律子に呼び止められ雑用をするハメになった。

 いやまあ、急ぎの用がある訳じゃないし頼まれれば引き受けるのはやぶさかではないけどさ、あの律子の言うことに従うのは何となくシャクだ。しかし俺は律子からの頼みごとを断ることはできなくて、しかも律子はそれを知っている。

 本当に嫌なヤツだ。


「じゃ、資料持ってくるからちょっと待ってろ」

「あいよ」


 そう言って、ゆっくりと歩いて教室を出ていく律子。待たせるならせめて急ぐフリくらいはしたらどうなんだ?

 と、のんびり律子が戻ってくるまですることがないので、改めて席に着いて待つ。すると、


「一橋くん、私も手伝おうか?」


 と、夏目。

 なんだろう。あの律子の後だからなのか、夏目が聖人に見えてるぞ。そして、非常にありがたい申し出だけど、


「いいのか?夏目は何か用事とかあったりしないの?」


 俺と違って放課後も色々と忙しいだろうし、こんな事に付き合わせてしまっていいのだろうか。

 だけど夏目は、


「全然大丈夫だよ。昨日色々と迷惑かけちゃったお詫びもしたかったし」


 そんな風に、あっけらかんと言ってくれる。昨日のことなんてもう気にしてないし、むしろ失礼なこと言ったりしたのはこっちの方なのに、それなのに。

 そう思えば、余計に頼みづらくなってしまう。

 けどさらに夏目は、


「それに宇佐美先生。資料持ってきて全部一橋くんに押し付けちゃいそうで見てられないし……」

「ぜひ手伝いお願いします」


 それを聞いてしまえばもう、頭を下げるのに何の抵抗もなかった。

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