11、実態のないワタシ?
しっかり働いている間にとっぷりと日は沈み、店の窓から見える景色の商店街は店の明かりはめっきり減った。その代わりに街灯の明かりがきらめく。
萬福庵の閉店時間は午後十時。十八歳未満の俺が働ける限界も午後十時まで。で、今はその十時ちょっと前くらい。
夕食時には多少賑わっていた店内も、今は俺と満子さん以外に誰もいないがらんどうである。
もうこんな時間になれば、誰も来ないだろうし来たってラストオーダーは過ぎている。今は掃除と洗い物の真っ最中。店じまいの準備というやつだ。
俺はモップで床掃除、満子さんは水回りの掃除をそれぞれやっつける。
「そういやさ」
そんな中、思い出した様に満子さんが、
「蓮くんのコスプレ写真が、今日の朝からSNSでちょっと話題なってるんだって?可愛い子がいるって」
「それ誰に聞いたんですか?」
「そりゃ当然、栞だよ」
「ですよね」
さも当然と言った具合に、満子さんは俺の姉の名前を出す。ウチの姉と満子さんは学生時代からの友人で、今でもしょっちゅう連絡を取り合っているみたいだから、それについては何の不思議もない。
しかし、
「そんな話題になってるなんて初耳ですよ。そもそもそのツイ見てないですし」
昨日から今日まで、夏目に写真を撮られたコトについて考えてばっかで、SNSを見ていられる精神的余裕なんてなかった。というか夏目の一件で忘却していた。
「そうなんだ。じゃ、タイムカード切った後でチョロっと調べてみよっか」
「うぇ…。いや、そういうのってちょっと怖いですね。……あとこれってエゴサになるんですかね?」
「さあねー」
ただの一般人で特に社会的に何の地位も名声もない自分が、社会からの自分の評価を検索してみようとするだなんて片腹痛い気もするけど。
でも、あの女装姿は自分であれど自分ではない、この世の理からはみ出した非実在性の存在(?)だから、女装とバレなければアレは俺とは全くの別人として社会には認知されるわけで。
そうなると俺は、俺であって俺のものではない存在の評価を見ようとしているのだから……。
つまるところこれはエゴサなのでしょうか?……ダメだ、さっぱりわからねえ。
「やー、でもアレね。栞に着せ替え人形にされてた男の子が、まさか可愛いで世間に注目されるなんて」
「その人形で遊ぶ女の子にアナタもいたんですよ」
「あはは。それも私が生み出したモンスターだね。こりゃ鼻が高いや」
満子さんは、俺の女装のことを知っている人物の1人であり、俺が女装に対する抵抗や羞恥心をなくしたキッカケの1人でもある。
つまり、姉と一緒に現在の俺を作り出した共同研究者、というか共犯者である。
そんな人のもとで、コネでバイトしてる俺も大概だが。
「おっと、そろそろ十時だね。先に着替えて来ちゃいな」
「はい」
店に鎮座する、歴史の長そうな大きな置き時計の長針がそろそろ天辺を指そうかと頃合い。満子さんに促されるまま控え室に入ってがちゃこんとタイムカード切り、ブレザーに戻る。
「蓮くーん。なんて調べたら出てくるかねぇ?」
「『7セン めぐる』で出ると思います」
「りょりょ〜」
本当に調べるんだ。のれんをくぐると満子さんがカウンターに座ってスマホを弄っていた。
「あ、これかな。どう、合ってる?」
言うが早いか、スマホの画面に映し出されたツーショットの写真をこちらにぐいと向け、その片割れを指差して示してくる満子さん。その指の先にいるのは紛れもなく女装コスの俺だ。
「はい、合ってます」
「へー、だいぶお化粧上手になったねえ。もう別人みたいじゃん」
「一応そういうコンセプトですし、コスプレって」
「あ、そういやそうか。でもスッゴイよこれ。うわ、イイね4桁超えてるじゃない」
「まじすか」
「ん」
満子さんが再びスマホ画面を見せてくれる。それは、さっきの写真だけの画面と違ってリツイやイイねを表すマークなんかがあって。そして、ハートマークの横の数字を見やれば、
「うわあ、マジだよ」
昨日の今日で数字を稼ぐツイに驚く。けど、よくよく考えてみると素人のアカではなく人気アニメの公式アカウントで、それに声優さんも写っている写真なのだから、俺が稼いだ数字というわけではないのでは?
つまり、俺がいようがいまいが結果に変わりはなかったのでは……、
「『もちこの隣の子カワイイ』っていっぱい書き込まれてるねー。もちこってこの声優さんのこと?それじゃコレ全部蓮くんのことだ。スゴイねー」
「そう、ですね」
こんなに反応があるなんて、自分でもビックリだよ。さすが化けた俺、なのかな?
うーむ、これも判断が難しい。
「んー。そろそろ私も着替えるかな。あ、いくら興味があるからって覗いちゃダメだよ」
「大丈夫です。その間に帰ってますから」
「ヒュー。さすが蓮くん容赦ない」
違いますよ。そんなことしたら容赦なく制裁を受けるのは俺の方なんです。姉も一緒になって、何されたかわかったもんじゃないからね。
「そんじゃ、また明後日よろしくね」
「はい、じゃお先に失礼します」
「ほいほーい」
満子さんが奥に引っ込んでいくのと同じくらいに、カランコロン扉を開けて階段を下る。そして、明かりの少ない商店街を自分の家のある方に歩き出す。
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