10、セットメニューはお得感が大事

 満子さんとお互いのダメなところについて確認しあったところで、だけどお互いに直す気はゼロという。なんと向上心のない店長代理と従業員の話が終わったところで、あいも変わらず就業時間です。


「蓮くん蓮くん」

「なんすか?」


 手持ち無沙汰なのでテーブルでも拭きに行こうかと思っていたら、満子さんに肩をトントン叩かれる。またヒソヒソ声だ。


「さっきのあの子、多分注文決まってるよ」

「ああ」


 言われてその女の子を見れば、その子はこちらをチラッと見てはパッと目を逸らして、またチラッとこっちを見たかと思えばパッと目を逸らしてを繰り返している。

 内気だと思ったら、さらに引っ込み思案も乗っかってるのかな。ウチの店には店員を呼ぶブザーやベルの類はない。だから、店員に直接声かけして呼んでもらうシステムなんだけど、確かにいいう子にとっては店員を呼ぶってハードル高いのかも。それで呼ぶに呼べないってところかな。


「確かにそうみたいですね、いってきます」

「ん、よろしくー」


 歩けば木製のフローリングがコツコツと鳴る。


「ご注文お決まりでしょうか?」


 出来るだけ威圧しないように、柔らかくにこやかに。


「は、はい。あの……、ブレンドコーヒー、ホット。と……、その、チョコレートケーキを……」

「それなら二つでケーキセットにできますよ」


 セットで注文したらクッキーが一枚付いてくる。このクッキーが評判いいので、オススメなのだ。決して押し売りとかではない。


「あ、ホントだ。えっ…、と。じゃあ、それで」

「かしこまりました。では少々お待ちください」

「あ、はい」


 伝票に注文を書きつけて、軽く頭を下げる。するとつられてか、女の子も会釈を返してくる。真面目なのかな。

 振り返ってカウンターに伝票を届けにいこうとすると、


「ふぅ〜…」


 後ろから、恐らくだが安堵のため息が聞こえた。

 うむぅ、俺ってそんな威圧感与えるようなタイプだろうか。ちょっと気にしてしまう。


「満子さん、これ注文」

「ん、ケーキはよろしくね」

「はい」


 キッチンに備え付けられた冷蔵庫を開けると、そこは飲食店らしく色々な食材から作り置きまで色々と入っている。

 そこから大きな長方形のチョコケーキの塊を取り出して、細長く切り出してケーキ用の皿の上に乗せる。そして、これまた冷蔵庫に入っていたチョコクリームを、ケーキの上に搾りだす。その上にブルーベリーをちょんちょんと添えれば萬福庵のチョコケーキの完成である。

 ケーキセットなのでクッキーを添えて、それらをトレイの上に乗せる。


「はい、コーヒー出来たよー、っと」


 トレイの上のメンバーにコーヒーが加わる。


「行ってきます」

「ん」


 フルメンバーの揃ったトレイを手に、お客さんのもとへ向かう。二ヶ月近く、週4で入っているだけあって、もうこの持ち運びは手慣れたものだ。


「お待たせしました、ケーキセット。ブレンドコーヒーと、チョコレートケーキです。ごゆっくりどうぞ」

「ど、どうも…」


 それでも、その子はこちらを見てくれない。ま、人見知りなら仕方ないよね。

 トレイを小脇にカウンター付近に退がる。


「蓮くん、ちょいちょい」

「なんです?」


 戻るなり、満子さんが楽しそうな嬉しそうな様子だ。そんな満子さんに促される方を見れば、そこにはやっぱりさっきの女の子。手元のチョコレートケーキは少し欠けていて、そしてその口元は綻んでいた。


「よかったね、チョコケーキ開発者さん」


 満子さんの言うチョコケーキ開発者とはつまり俺のことで。俺はただレシピを考えただけで、あのケーキ自体を作ったのは満子さんなのだが、


「そうですね、すごく嬉しいです」


 顔が緩んでしまう

 それなりに頭悩ませて頑張って作ったもので誰かに笑顔になってもらえるのは、やっぱり嬉しいものだ。

 それに、夏目の時とは違い隠さなくていいから楽だし。


「これは、これからも色々考えてもらわないとね」

「それはちょっと考えさせてください」

「なんでよー」


 結果が出たとしても、もう二度とあんな突貫作業はゴメンだ。材料は経費だったけど、とにかく時間がなかった。

 まあでも、料理は嫌いじゃないし結果自体はやっぱり嬉しいものだし、メニュー考案も時間に余裕が持てるのなら悪いものではない。

 そんなことを考えていたら、


「お会計お願い」


 フローリングの上で木製の椅子を滑らせる音を立てながら、席を立つお客さんが1人。


「はい、ただ今」


 出入り口前のレジで、お客さんの伝票を受け取りレジスターを叩いてお会計を済ます。


「じゃ、また来るね」


 常連のお客さんが、カランコロンと扉を鳴らして店を後にする。


「ありがとうごさいました」


 俺はその後ろ姿に軽く礼をして、そしてさっきのお客さんが使っていたテーブルに向かう。

 片付けと台拭きとを済ませなければならない。それにこれから夕食時で、食事メニューが多く出るからそろそろ必要な材料には下準備をしなければ。


「よし」


 小さく気合をいれて俺は、その後の仕事に取り掛かることとした。

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