9、月水木土の週4です
唐突ではあるが、俺は徒歩通学である。
家から駅に向かうより、学校の方が近いのだから電車を利用しないのは、そりゃ当たり前で。
そして自転車を使わない理由は、ウチの学校、2㎞圏内に家がある場合は自転車通学の許可が下りないから。とはいえ、限界ギリギリ1.99㎞というワケでもなし。これといって不便のない、普通も普通の大変ありがたい通学をさせてもらっている。
そして、だからというわけではないのだが、俺のバイト先も家と学校の徒歩圏内にある。というか、学校からめちゃくちゃ近い。
学校のある大通り。その大通り沿いには商店街の入り口があって、その商店街を大通り側から3分の2ほど進んだ辺りにあるビルの二階に俺のバイト先である喫茶店“萬福庵”はある。
この萬福庵は、落ち着いた雰囲気の喫茶店なので、学校が近くても駄弁るために学生が来るなんてコトは滅多にない。
コツコツと階段を上って、店の入り口の前に着く。この店、従業員用の入り口なんてものはなく、なのでフツーにお客さんと一緒の出入り口を使う。
ドアを開けるとその勢いで、カランコロンとドアに付いた鐘が鳴る。そんな音を浴びながら店に入ると、
「こんにちわー」
「ああ、蓮くん。早速だけど速水さんのオーダー聞いてくれる?」
「はい」
早々に店長代理である満子さんに指示を頂いた。
まだ着替えてもいない、どころか荷物すら下ろしていないのにそんな指示を出すのは、俺はいいとして。そんな状態の従業員を差し出すなんてお客さんに失礼だ。けど、
「ブレンドとプレーンクッキーな」
こっちが聞く前に注文をしてくるお客さんもお客さんなのだ。
萬福庵を訪ねてくるのは8割型常連のお客さんなので、大抵の場合はこんな風に和やかに受け入れてくれる。
そして今日の萬福庵も、顔なじみのお客さんばかり。故に今日も今日とて許されてしまう。
なので俺も、最近は伝票とペンをカバンの外ポケットに常備している。
「ブレンドコーヒーとプレーンクッキー、以上でよろしいですか?」
「おう」
取り出した伝票に、これまた取り出したペンでササっと注文を書く。
「では少々お待ちください」
そう言って俺はカウンターの方へと向かう。
「ほい、伝票もらい。そいじゃ着替えてきなさい」
「はいはい」
パッと俺の手から伝票をひったくると満子さんは、今度は逆の手で俺の背中を軽くひっぱたいてバックヤードへと送り出す。
俺は促されるまま、カウンターの奥にある足の長いのれんをくぐる。その向こうは、小上がりの四畳半に、小さめのロッカー4つと沢山の段ボールが隅で鎮座する部屋で、用途はもっぱら更衣室か休憩室の二択である。
その部屋で俺は学校の制服から、Tシャツと黒い無地のカジュアルなスラックスに着替えてその上から深い緑色のエプロンを着ける。そして、長い前髪をクリップで上げ留める。
そうして身支度を整えてから、タイムカードを切り部屋の中にある洗面台で手を洗い、アルコール消毒液を馴染ませ、再びのれんをくぐる。すると、
「あ、蓮くんコーヒー今できたから速水さんとこに持ってって」
そう言って満子さんはカウンターに置かれたトレイに香りと湯気の立つコーヒーとクッキーを載せて、その横に伝票を添える。
「はい」
そのトレイと伝票を、俺は速水さんの卓へと持っていく。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーと、プレーンクッキーです。どうぞごゆっくり」
コーヒーとクッキーを卓に並べて、伝票を伝票立てに挿す。そして、カウンターに戻ろうかと思った矢先、
カランコロン
と、お客さんが来たことを報せる音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、同じ学校の制服を着た俺と同じように目が隠れるほどに前髪の長い女の子だった。顔は見えないけどリボンの色から同級生なのだとわかるけど、それ以上のことは何一つ判然としない。
というかまず、学校にどんな奴がいるかすらわからないんだがな。
「こちらの席へどうぞ」
「は、はい……!」
席に案内を、と声をかけたらその子は肩を小さく跳ねさせて、少し上ずった声で返事をした。
こんなやりとり一つでおっかなびっくりするとは。なんというか、内気そうな子だなぁ。
その子を壁側の席に誘導し、サッと椅子を引いておく。すると彼女は、どこか躊躇うように二の足を踏んだ。
「俺、何かしちゃいました?」
「い、いえっ!何でもないです‼︎」
明らかに何かあった反応なのだが。しかし、その子はそれ以上何も言わずにそそくさと席に着く。
腑には落ちないが、お客さんが言いたくないことを従業員がそれ以上詮索するのはNGであろう。
「ご注文決まりましたらお呼びください」
「はい……」
メニューを渡してカウンター付近に下がる。すると、
「蓮くん蓮くん」
満子さんからお呼ばれされた。
ちっちゃい声と手招きで呼ばれたので、
「なんですか?」
自然、俺の声も小さくなる。ひそひそ話というやつだ。
「あの子、なんか引いてたけど。なんかしちゃった?」
「やっぱりそう見えました?俺も気になって聞いてみたけど「何でもない」って言われちゃって」
「そういうのスパッと聞いちゃう辺り、蓮くんだよねー」
「なんすか、ソレ」
何を言われているのか分からない俺をよそに、満子さんはうんうんと腕を組みながら一人納得するように頷く。
どの辺りが俺なのか、教えてくれないと直しようがないのだが。
「まあ、多分だけどさ。こーんな場末の喫茶店で椅子引くなんてエスコートされたからビックリしちゃったんじゃない?あれはちょっとやり過ぎだよねー。おばさま方からは評判いいけどさ」
「あれくらいしないと、満子さんのユルさは補えませんよ?」
「おっと、こっちに飛び火したかー」
どこの世界にタイムカード切ってない従業員を働かせる店があるものか。それを初見のお客さんにもやるのだから、どこかで帳尻を合わせなければならないだろうと思ってあの
いわば、
「あれは満子さんが生み出したモンスターなんですから、倒したければキチッとしてください」
「うわーん、ウチのバイトが私にキツイよー」
言葉とは裏腹で、満子さんに気にした素振りは全くない。言って聞くような人ではないことはとっくの昔に分かっていることだ。それがこの人の美徳であるということも。
そして俺は諦め混じりのため息を、小さく吐いた。
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