8、友達ってこうなるものだっけ?

 無理やり引き止められて始まった夏目とのアニメ漫画談義は思いのほか盛り上がってしまい、昼休みの終わり報せる鐘が鳴るまで、二人してどれ位の時間が経ったのか気づかなかった。

 慌てて教室に戻ろうとしたら、途中で情報科の先生(クラスの担当ではないので俺は知らないけど夏目が知っていた)に声をかけられ荷物運びをやらされることに。それ自体は、さほど時間はかからない事だったのだが、しかし予鈴と本鈴の間の頼まれごとだ。おかげで二人とも教室に戻るのがギリギリになってしまった。

 そのせいで余計にクラスの注目を集めてしまった気がするけど、流石に気にし過ぎだと思いたい。



 それからさらに時間は流れて放課後。昇降口に向かって帰宅部の生徒が流れていったり、部活動に所属するやつは準備をしたり部室に行ったりする時間。

 俺は当然帰宅部なので、帰り支度の整った鞄を手に取って、さあ帰ろうかと席を立とうとするが、


「一橋くん、ちょっと待って」


 そんなタイミングて夏目が俺を呼び止める。そういえば、放課後にクラスメイトに声をかけられるなんて何年振りのことだろうか。

 おっと、もの寂しい感想はひとまず置いといて。


「なに?まだ何かあったっけ?」

「うん。えっとね、連絡先交換してくれない?ホラ、色々話したい時に便利でしょ?」

「ああ、色々ね」


 夏目が言っている“色々”っていうのは、つまり“アニメ漫画ゲーム”のことで。要は昼休みの時間じゃ足らなかったからまだまだ話しましょうってこと、なのだろうか。

 いずれにせよ、夏目とこれ以上関わり合いになって女装バレのリスクを負うのは避けたいのだが。

 しかし多数の目があるこの教室で、クラスカーストトップの夏目の頼みを、クラスカーストワーストの俺が断ってしまうのは、それはそれでリスクがデカい気がしてならない。

 そして何より俺自身が、


「ね?」


 やっと話し相手を見つけたと、瞳を輝かせてこちらを見てくる夏目の嬉しそうな表情を、しかめてしまうほどの肝が据わっていないのだ。


「はあ……。ま、いっか」

「ちょっと。なんで今ため息ついたの?」

「何でだろうな」


 ごまかす気もなく、テキトーなことを言いながら夏目のスマホのQRコードを自分のスマホに読み取らせる。

 友達のいない俺だけどメッセージアプリは家族との連絡用に入れていたりする。うちは父さんが仕事のスケジュールに波がある人なので、案外あると便利だったりする。あと姉に買い物頼まれたりとか。

 それはともかくとして。俺は、スマホに表示されるそのメッセージアプリで読み取った夏目のプロフィールを確認する。まあ、夏目のスマホから読み取ったモノなのだから、それはもちろん疑いようのない夏目のプロフィールないんだけどね。

 アイコン画像は猫のフェルト人形の写真だった。


「うん。じゃあ登録したしコレでOKだな」

「え、違うよ。一橋くんから私にメッセージ送ってくれないと、私が登録出来てないし」

「あー……、そういうものだったか」


 父さんと母さん、それに姉とウチの共用パソコンとあとバイト先の店長以外に登録したことなかったから、そういうシステムだったということがすっかり頭から抜け落ちていた。


「ホントに友達いないんだね…」

「うん」


 ボソッと、周りには聞こえない夏目が呟く。紛れも無い事実なので肯定するしかないし、もはや傷つきもしない。


「それじゃあ……」


 プロフィールからメッセージのやりとりをする画面を開き、ささっとフリック入力をして適当な一言を送る。

 すると、夏目のスマホからピコンと通知を報せる音が鳴る。それから夏目は、俺からのメッセージを一瞥して、


「あ、アイコン柴犬なんだ」

「うん、ウチの犬、よもぎって名前」

「いいなー、可愛いね」


 犬って、動物ってすごいね。アイコンの小さい写真で、こんな風に可愛いって言ってもらえるなんて。俺なんかは手間かけて手間かけて女装して、やっと貰える言葉なのに。

 むう、羨まし……。いや、どこと張り合ってんだよ。

 まあ、兎も角だ。


「今度こそ終わったよな。じゃあ、俺バイトあるから」

「え⁉︎」

「ん?」


 なんか驚かれたんだが、俺の後ろでおかしなことでもあったのだろうか。と、思ったらそういう事でもないようで。


「一橋くん、バイトしてたの?あ、作業系とか?」

「いや飲食で接客だけど」

「へ、へー……」


 なんだか意外そうな反応だ。そんなに変なことを言ったつもりはないのだが……。

 ん?これはまさか「お前に接客なんてムリだろ」的なことを思われてたりしてるのか?


「あ、でも話した感じ別にコミュ障ってわけじゃないもんね……」


 それは自分の中の気づきのように発せられた言葉で、別に誰かに向けて言った意図はなさそうな声色と声量だったのだが、


「聞こえてるぞ」

「はぅっ⁉︎」


 本人目の前にいるからね。

 そして、どうやら俺の考えは当たっていたみたいだ。長い間陰キャとして過ごしてきたイメージは相当なものらしい。

 まあ、今まで学校では誰とも関わり合いこなかったんだし、当然といえば当然か。


「え、えっと……、バイト頑張って!」

「無理に何か言おうとしなくてもいいんだぞ」

「う……、うん。ゴメン」


 うーむ、謝って欲しかった訳ではなかったのだが。そんなシュンとした顔をされるとこっち側が困るし。

 こういう時になんて言えばいいのか、サッパリ分からない。


「えーっと……、気にしてないから気にすんな?」

「……なんで疑問形?」

「なんでだろう?」


 ビミョーな空気になってしまった。と、思いきや夏目がふっと笑った。


「励ますならちゃんと言い切ってよ」

「うん、そうする」

「うんうん、そうしなそうしな」


 結局、今日1日で分かったことは“夏目には敵わない”ということだけみたいだ。


「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 そう言って、俺は教室をさっさと出ていく。




 さて、夏目とは友達(仮)となったわけだが。これからの身の振り方とか、考えた方が良いとのだろうか。

 

 んー。ま、いっか。夏目天然っぽいし。

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