6、それはコロンブスにコロンブスの卵見せてドヤるようなもの

 俺のターン。


 なのだが、一つ大きな問題がある。それは、如何に女装バレをせずに俺の女装写真のことを夏目から聞き出すか、だ。

 さっきの話を通して、恐らく夏目は俺が会場にいたレイヤーだと気付いていないだろう。そしてもし仮に、夏目が俺の女装趣味を知ったとしても、面白おかしく言いふらすような性格ではないことを知った。


 だがしかし、それでもだ。


 人間のするコトにに、100%は有り得ない。『うっかり』というのは誰しもの身に等しく起こりうる可能性を秘めているモノなのだ。

 もし、夏目が俺の女装ことを知って、秘密にすると約束してくれたとする。しかし、友人の多い夏目がいつかポロっとこぼしてしまう可能性はゼロにはならない。

 しかも、スクールカースト上位に君臨する夏目からの情報となれば、その信頼性は高く評価され、周りは瞬時に真実として受け取るだろう。

 さらにさらに、「この学校に女装が趣味のヤツがいる」なんて話が広まれば、面白がってからかう人間が出るやもしれない。いや、少なからず出てくるだろう。

 そういう面倒ごとの芽は、蒔かないに越したことはない。

 だから、夏目仁美の人格に対する信用云々を別に、俺は夏目に対して女装のことを秘密にしなければならない。


 まあ、女装をカミングアウトしたとして、それで面と向かってドン引かれたりしたら傷つくってのもあるけどさ。


 だから、夏目に俺の女装のことは秘密にしつつ、あの写真の処遇について聞いておきたいわけだ。

 とは言え、対話シーンに強くない俺が遠回しに聞こうとしても難易度が高そうなので、ある程度は踏み込まなくてはならないのだが。いやはや、これが中々。


 一体どう切り込めばいいものか考えていると、


「ああ、そうそう。7センのイベントでのことだったよね」

「えっ⁉︎うん、そう」


 まるで、こちらの考えが見透かされているようなタイミングで、夏目は俺の聞きたかったことに話題を運ぶ。


「私が遮っちゃったから。あと、あんな強引に止めちゃって、ごめんなさい」

「いや、もう気にしてない。それよりもさ」


 ただの偶然か、それとも彼女のコミュ力の高さがやってのける所業か。いずれにせよ、道筋は拓けた。あとは一歩踏み出すだけだと、さっきは躊躇った質問をぶつける。


「夏目があの会場でレイヤーさんの写真撮ってたじゃん。ほら、湯川めぐるのコスの」

「ああ、あの子ね」

「俺が見たのはそん時の夏目なんだけどさ」


 逃げ道を作りながら。

 嘘ではない。本当に近くに、ほんのすぐ近くにいたのだから。というか、そのレイヤーさんが俺です。

 とは言えないので、話題が写真から離れないように舵をきる。


「俺カメラ好きでさ。夏目が使ってたのどんなかなー、って聞きたかったんだよね。結構良いの使ってたみたいだし」


 これも完全な嘘ではない。カメラは好きな方だ。

 でもそれは、「好きか嫌いかで言えば」の好きでしかなくて。一眼だとかフィルムだとか、そういう機材への興味はさほど無い。なんならスマホのカメラ機能で充分満足だ。


「なーんだ、そんなことだったのかぁ。色々焦って損しちゃった」

「……なんかゴメンな」


 色々と。


「いやいや、こっちが勝手にしたことだし、一橋くんが気にすることじゃないよ。むしろ、迷惑かけたのは圧倒的に私の方だし……」


 お互いが若干の気まずさを感じて、目線を逸らしあった。

 しかし、夏目はそんな空気をすぐに砕くように、


「カメラね!カメラの話」


 パっと手を合わせて話を戻す。


「といっても、私のアレはお父さんから借りた物だし、私自身は全然詳しくないんだけどなあ」

「そうなんだ」


 その割には連写機能メチャクチャ駆使してたよね、とはまたも話が脱線しそうなので言わないでおこう。


「私のお父さんカメラマンだからか、なんかいっぱいカメラ持ってるの。それでアレは型落ちした物だから自由に使っていいよって貸してくれたの」

「お父さんカメラマンなんだ」

「そ。カメラマニアのカメラマン」


 なるほど。あのやたらと気合の入ったカメラにはそういう経緯があったのか。

 とまあ、そんな事情はともかくとして。ここで終わってしまっては「俺の女装写真」について何も聞き出せずに終わってしまう。

 なので、


「それで、夏目はそのカメラでいい写真は撮れた?」


 また質問を重ねる。今度は写真についても触れているので、段々と核心に迫っている、はず。きっと多分恐らく。

 と思いきや、


「そう!すっごくイイ写真撮れたの‼︎あのめぐるんコスの子、一目見て可愛いって思ったから写真撮らせてもらったんだけどね。写真映えもするんだよスゴクない反則だよね⁉︎何枚かスマホにデータ入れちゃったもん。あ、見る?これなんだけどさ」


 そうやって有無を言わさず返事も待たず、夏目はスマホに何枚か入っている俺の写真の中から一枚をピックアップして、嬉々としてそれを俺に見せてくる。

 その言動から俺は、夏目がスマホの中のレイヤーと俺が同一人物であることに気づいている可能性を、そっと頭の中から削除した。

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