5、つまり彼女は
それはだいたい二年くらい前。その頃の私は無趣味でやり甲斐も見つけられない、友達なんていない、見据える展望すらないのにただ“躓きたくない”と、成績の為だけに勉強をするような、つまらない。そう、とてもつまらない女子だった。
その日も、やり甲斐なんて微塵もないまま勉強をずっとして、ふと時計を見れば夜の十二時をとうに越えていた。
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「ちょい待って。なあ夏目、何か別のが始まってないか?」
「私は休憩をしようと自分の部屋を出て、リビングに降りたの」
「ああ、ガン無視ね。はいはい、続きをどうぞ」
「ほわんほわんほわわーん」
「……」
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お茶を入れたカップを手にリビングにあるソファに座る。そして、時事問題を頭に入れようと点けたテレビ。そこにソレは映った。
とある魔法少女のアニメ、そのオープニング。
早くチャンネルをニュースに替えればいいのに私は、その流れる謎の疾走感と不思議な世界観を見て聞いて、釘を打たれたかのようにその場から動けなくなってしまった。そのあとすぐにCMが流れ始めても、私はリモコンのボタンを押せずにいた。
CMがあけて、本編が始まってからもそのアニメから目が離せなかった。そして、引き込まれていった。
キャラクター達の細やかな目配せや、髪を結ぶなんて何ということのない仕草、交わされる日常的な挨拶は。デフォルメされたイラストの世界なのに、そこで確かに息をするキャラクター達がいるのだと私に訴えかけてくる。
長閑な日常の風景が、提起されていく謎が、少女達の日常が非日常に塗り替えられてしまう様が。驚きや衝撃、恐怖と興奮、私の様々な感情を隆起させていく。
早い話がドキドキした、ワクワクしたのだ。こんなに感情を揺り動かされた出来事は何時以来だろうか。しかし、物語はそんな事を考える暇を与えてくれることなく展開してゆく。
そうして、あっという間に約二十分が経ち、エンディングが流れ出す。ここで物語は一旦区切りなのだと、次回まで持ち越しなのだとわかった途端、
「はー…」
釘付けにされて張っていた気がふっと緩んで、大きなため息が出た。それと同時に、私は自分がどれほどの熱量でこのアニメに見入っていたのかを知った。魅せられていたことを知った。
まさか私が、アニメにこんなに夢中になれる人間だったなんて思いもしなかった、考えたことすら無かった。それ以上に、今までアニメというものに接してこなかったのだ。
だけど今日のこの邂逅は、何もなかった私のボヤけた日常を大きく変えてくれる気がした。変えられる気がした。
そのために私は、リモコンを操作して来週分の録画をした。
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「ってな具合で、ズブズブっとアニメにどハマりしたの。それで趣味が出来て心に余裕が出来た私はようやく気づいたのよね、「あれ、私ってボッチじゃね?」って。いや、周りから見たら私ガリ勉の隠キャだったし、その上自分から話しかけたりとかしないから、そりゃ浮くよねって」
なんか少しだけ、ほんの少しだけ今の俺に似てたんだな。俺の場合はガリ勉じゃなくてソコソコ程度のオタクだが。
「やっと自分の浮き具合を自覚した私は、それでようやく周りに馴染もうと思ったんだけどねー、それがぜんっぜん上手くいかなくて。考えてみれば、それまでは人と話す機会なんて無かったからさ、“いざ”ってなるとどうしていいか分かんなくて。結局、中学の間はずうっとそんな調子だったな」
言いながら夏目は「あはは」、と自嘲気味に笑った。
「でもね、年明けくらいに落ち着いた場所に引越そうってなって、それで誰も私を知らない場所なら今度こそ“やり直せる”かなって思ったの」
やり直すとは、少なからず重い言葉だ。俺は、自分が浮いていてもそれを直そうなんて思いもしなかった。つか、そんなことしたら女装バレのリスクが高くなるから、そもそも選択肢にないからね。
「だから、入学する時に隠キャ要素は排除して出来るだけ印象を明るくして、今までの自分とは全く違う自分を作ってみたの。そしたら想像以上に効果があって自分でもビックリなんだけどね」
「へぇ……」
兎に角、今の夏目は夏目が変わろうとして頑張った結果ということか。まぁ、早い話が、
「高校デビューってやつだ」
「……一橋くんってさ、デリカシーないって言われない?」
「え、コレもダメなやつだった?ごめん」
「事実だし、誰か他に人がいる場所でなければ私は気にしないけどね。でも、他の人には言っちゃダメだよ」
「ハイ」
こんな短い時間でポンポンとやらかしてしまって、しかも言われるまで自覚ナシとか。もう、俺は黙ってた方が円滑に進むんじゃないか、とすら過るね。
まあ、あの写真のことも聞かなきゃいけないし、もちろん完全に黙ったりなんてことは出来ないのだけど。
「それで、えーと……。そうそう、キャラ変した時にオタクなのも隠したの。あ、別にオタクが恥ずかしいとかじゃなくて、私が好きなモノのコトになると抑えが効かなくなって、ヒートアップしちゃうってだけで。そうなるとホラ、面倒くさいヤツだなってドン引かれちゃうからね。
だからさ、漫画アニメの話題はなるべく避けてるの」
俺の一人反省会を横に、夏目がオタクを隠す理由をつらつらと語る。
オタクを隠す理由がない俺からすれば縁遠い話のはずだけど、夏目の話したその理由については何となく分かる気がする。
俺も、ちょっと前に姉に「最近のオススメのコスメは?」って聞かれて、サッと応えれば良かったコトを。今まで話相手のいなかったフラストレーションを全て解放するように長々と、大手だのブランドだの、従来品だの最新作だのと話しこんでしまった。それは最終的に、「長いウザい」ってド突かれたんだけど。
でも、その時の俺は、殴られたコトよりも好きなことの話をして、求められたことを伝えられなかったコトの方が少しショックだった。
まあ要するに、だ。“歯止めがきかない”っていうのは周りに対して迷惑になりかねないということ、本当に伝えたいことが伝わらなくなってしまうということ。
そして、夏目仁美はそれを良しとする性分ではない、ということなのだろう。
俺がついこの間気付いたことを、夏目は一体いつから気付いていたのだろうか。中学時代はずっと一人だと言っていたのに、そんな風に話し相手の反応まで考えることが出来るなんて。これが夏目の思慮深さ……、
「まあ、そうなると擬態が剥がれちゃうってのが一番大きいんだけどさ」
あ、そんな理屈じゃなかったのね。
何はともあれ、これで夏目がオタクを隠す理由がハッキリしたわけだ。
となれば、この話はここで区切りとなり、そして、
「私の話ばっかになっちゃったけど、そういえば一橋くんも私に何か話があったんだよね?」
俺のターンだ。
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