4、きっと大した理由はない
「何よ何よ何なのよ!ずっと隠してたのにぃ!しかもあんな格好見られてたなんてすっごく恥ずかしいしっ!」
セミロングの髪をガシガシと乱暴にかきむしっては俯いたりして、「あー」とか「うー」とか呻く夏目仁美のその姿には、いつものクラスカーストトップに君臨する彼女の面影はまるで無くて。
そんな夏目を、俺は気持ち引いて見ることしかできない。
そして、ハッと息を飲んだ夏目が恐る恐るこちらを向いた。
「……てことはもしかして、私が自作の痛うちわ沢山持ってってたのも……」
「それは知らなかった」
「ぎゃーーっ‼︎」
なんか、勝手に墓穴を掘ったらしい。
そんな夏目の表情は両手で顔を覆われていて見えないけれど、髪の隙間から覗く耳が真っ赤なのを見るに、本人はさっき自分で言っていた通り恥ずかしがっているのだろう。
まあ、イケイケ(死語)の女子高生がセンスの欠片もない私服姿をクラスメイトに見られたとしたら、そりゃあねえ。ファッションに気を使う側の人間としては、察するに余りある。これ、俺の場合は女装状態で、の話だがな。
そんな訳で、夏目の気持ちは十分にわかるので、
「大丈夫。夏目の私服がダサいことも誰にも言わないから」
「ふぐぅ……!」
あ、ヤッベ。落ち着いてもらいたかったのに、肝心要の言葉をオブラートに包むの忘れた。おい俺、「気持ちわかる」って何だったんだよ。
緩衝材のない言葉に、さしもの夏目もボディブロー喰らったみたいに背中を丸めて俯いてしまう。
これは100%俺が悪い。
「ごめん。オブラートに包むの忘れた」
「……その言い方、余計に傷つくんだけど」
「……ごめん」
俺、デリカシーない方の人間なのかなぁ。なまじコミュニケーション不足だと、気をつけようにも自分の中の基準となる
いや、ぐるぐる言い訳を考えるのはやめよう。どうあれ、夏目に失礼なことを言ったということは疑いようのない事実なのだから。
しかし、事ここに至っては謝罪をしても、それは薄っぺらなモノになってしまう。というか、今さっき謝ったつもりで失敗したばかりなのだから。
となると最早、誠意を持って対応するしかない。のだけど、誠意を持ったところで一体何をすべきなのか、それがイマイチ分からないで、持ち出したハズの誠意が宙ぶらりんになってしまっている。
どうしたものか頭を悩ませていると、夏目の方から、
「あの、服のこともそうなんだけどさ。私がオタクやってるのも内緒にして欲……」
「わかった」
「早っ⁉︎」
何をしたらお詫びになるか考えていた矢先にそんな頼み事されたら、そりゃ勢いよく食いつきもするというね。
「そこまで即答されると、なんかちょっと怖いかも」
失敬な。まあ、多少食い気味が過ぎた感は自分でも否めないけど。
「でもホントにいいの?なんか内緒話ばっかり頼んでるけど」
「いいよ。失礼なこと言ったお詫びに少しでもなるなら」
「そ、そんな大したことじゃなかったんだけどなぁ……。昨日の私の格好がダサかったのは事実なんだしさ」
10代の、それも女子に対して事実であったとしても「ダサい」って言うのは、結構なことだと思うんだけどなぁ。女装してる時に俺が言われたとしたら、ちょっと想像しただけでもツライ。俺女子じゃないけど。それでも結構刺さるのだ。だから、
「それでも、ちゃんと謝りたいし。だから夏目に言われたこと、絶対に内緒にするよ」
と、何を差し引いても詫びを入れなければならないことは確定なわけで。
「おお……。なんていうか、頼んだこっちがビックリするくらい真面目ね」
「一応、誠意だからな」
少なくとも、俺はそのつもりだ。迂闊とはいえ一度吐いてしまった言葉は飲み込めないのだから。穴埋めが行われるのは当然のことだ。そこに疑問の余地は無い。
むしろ俺としては、
「でも、アニオタなのを黙ってるのってお詫びになるのか?」
こっちの方が気になる。
頼み事だから果たしはするけれど。『好きなものは好き』、というただそれだけの事を俺が秘密にしたところで、一体何になるというのか。理由なんてあるのか。その意図の方が気になってしまう。
はんな俺の質問に夏目はほんの少しだけビックリしたような、それでいて少し呆れたような表情をして、
「ああ、それは聞くんだ……」
むしろ、それ以外に何があるというのだろう。
それから夏目はちょっとの時間、両手の人差し指を向かい合わせにクルクル互い違いに回して、
「そうだよね。一方的に頼み事ばっかりなんだから、
と、その理由を語り出す。
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