伍
おはようという挨拶をしていたが、お雛様が目を醒ましたのは夜中で、明日に備えてそのまま寝ることになった。
そして翌朝。
「おはようございます」
まだ早朝と言える時間に、当主が部屋に入って来て皆を起こす。
「どうなさったんですか、ご当主?」
寝起きの良い
「お勤めご苦労様でした。これより、姫には儀式の用意に入ってもらいます」
それは、護衛が終了したという合図だった。
「
呆然としている椿に、当主が心配した様に声をかける。
「失礼致しました。あまりに突然だったので……」
お雛様の方を見れば、初日に案内をしてくれた赤の女性と黒の女性に起こされ、すでに引き締まった表情をしていた。
「あ、少しお別れの時間を頂けますか?」
「それは勿論」
当主が得害で答えるので、椿の顔も緩んだ。しかし、その顔も
「あ~お~ひ~っ! 起きろこの寝坊助がっ!!」
あの後、
「皆さんと過ごしたこの数日間、楽しかったですわ」
少し淋しそうに微笑みながらお雛様が言う。
「こっちこそ、楽しかったぜ」
「あぁ」
全員が淋しそうに、しかし穏やかに笑んでいた。
「わたくしの名前、絶対に名乗れないわけではありませんの。ただ、今回は悪しきモノに知られてはいけないということで、名乗れませんでした」
言霊の国にあって、名前というモノの持つ意味は深い。名前が知られることが、その人の命取りになる場合だってあるのだ。しかしそんな理由を、皆既に察していた。
「解かってるよ、仕方なかったんだろ? 気にしてねぇよ、俺たちは」
「だから!」
慰める葵日に、お雛様は言い募る。
「だから、今度逢う時までに強くなります! 名前を言い触らしても、平気なくらい強くなりますわ。
……なので今度逢った時は、名前で呼んでくださいますか?」
顔を真っ赤にしてお願いするお雛様に微笑んで、葵日が言う。
「当たり前じゃん」
椿がお雛様の頭を撫でながら、言う。
「今度逢う時の、約束ですよ」
それを聴いたお雛様は、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「はいっ!」
帰り道。相模坊と
ボーっと外を見ていた椿が何かを見付け、突然「あっ」と声を上げた。それにつられて同じ方を見た葵日も、同じく「あっ」と声を上げた。
一瞬だった。一瞬だったが、二人の目にはしっかりとその光景が飛び込んできた。それは、山から見下ろすあの白い狐面の子どもと、その後ろからちょこんと顔を覗かせている女の子だった。蘇芳色とでも言うべきか、濃い赤の長い髪を二つに結んだ彼女の顔は、瞳の色が左に青で右に緑と、逆であることを覗いて、お雛様と瓜二つだった。
「あの狐面の友達って、お雛さんの妹だったんだ」
「みたいだな」
その一瞬の光景は、二人にとってかなり強烈だった。
「一緒に暮らせる様になると良いな、お雛さんと妹ちゃん」
「なるだろう」
葵日の呟きに、椿は言う。
「なれるさ、お雛様は頑張るって言ってただろう?」
「……そうだな」
二人の胸に、何だか清々しいものが残った気がした。
「それでは行こうか、
「はい」
当主に促され、葉音はピッと顔を上げた。
ねぇ、まだ見ぬわたくしの妹。
貴方はわたくしとは正反対の子だと、聞いていますわ。
ならあのお二人、葵日様と椿様の様になれるかしら?
正反対でも、いつも喧嘩してても、それでも誰よりもお互いに解かり合えて、信頼し合える。
ねぇ、あのお二人の様になりましょう。
わたくし頑張りますから、貴方を迎えに行ける様に、頑張りますから。
だから、あのお二人の様に、なりましょう。
闇の光―お雛様の章― 橘月鈴呉 @tachibanaduki
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