12話 人影

「あなた、無事!?」

「おう、妹には会えたのか」


 金髪と女性が立っていた。


「あ……お二人とも」


 そういえば名前を知らなかった、と思い出す。

 こんな奴らに名前を教えるのもちょっと気が引けるけど。


「大丈夫だった? あの人影たちが急に襲うようになってきて……!」

「……大丈夫です。こちらには武器があったので……。……あの、ええと……おじさんは?」

「一人で行っちまった」

「地図が一枚しか無くなったからな、しょうが無いから俺とこいつとで移動してた」


 やっぱり。

 クズはクズでしかなかった。


「……仕方ないのよ。あの人の気持ちもわかるの」

「仕方ないって……お二人は本当にそれで良かったんですか?」

「子供にゃわかんなくていいことだよ。おめーに言ったってしょうがねえだろ」


 思わずムッとした。やっぱりこいつも見た目と一緒で嫌な奴だ。そんな嫌悪感を露わにしてしまったらしい。

 金髪が一瞬こちらを睨むように見たが、すぐさま目線を外した。


「えーと、それで……」


 後ろで愛奈がおずおずと声をあげた。


「いいよ、愛奈は気にしなくて」

「そんなわけにはいかないわよ。あの、あなたたちもこちら側に入っちゃった人たちですよね」

「愛奈」


 止めようとしたが、愛奈は俺の前に出てきて頭を下げた。


「なんだお嬢ちゃん、なんか知ってんのか」

「いえ……ここについてはほとんど……。あ、私は山根愛奈です。お兄ちゃんがお世話になりました」


 金髪と女性がそれぞれ名乗ったが、俺は聞かなかったことにした。


「向こうで対策してくれる人がいるなら、たぶん……もしかすると何とかなるかも」

「なあ、ここまできてあれなんだが、信じていいのか?」

「わからないけど、何もしないよりはマシだと思います。それと、もう一人おじさんがいるんですよね? その人とも合流できたらいいんだけど……」


 不意に微妙な気分になった。

 俺は愛奈を助けに来たわけであって、あいつらを助けに来たわけじゃないからだ。

 それなのに、愛奈はわざわざ全部すくい取ろうとしている。愛奈は優しいから仕方ないのかもしれないけど、やれることに限界はあるはずだ。


「ちょっと、お兄ちゃん。聞いてる?」

「えっ?」

「聞いてなかったでしょ! その……誰だっけ、アダシノさんって人が指定した時間までもう少しあるから、その間だけでも隠れなきゃ」

「あ、ああ……」

「武器が使えるのはお兄ちゃんだけかもしれないしね。でも、一応二人にも渡しておいたほうがいいかも……」


 武器が減るのは心許ないが、いざとなったら取り返せばいいだろう。

 使えるのが俺だけ、と言われるのは悪くない。

 きっと――異世界ファンタジーの原則にのっとるなら、神様とやらが与えてくれた不思議な力、といったところか。


「……じゃあ、いざとなったら俺が使います」


 そういいながら、クシの歯を折って二人に渡す。


「こんなもんが武器になるとはなあ」


 金髪は不思議そうに首を傾げていた。

 こいつが使えなければいいのに。

 女性にも折ったクシの歯を渡すと、やはり女性だからなのか微妙な表情をしていた。


「それじゃあ、どこかに――」


 愛奈が言いかけたところで、突如として悲鳴が響いた。

 どこかで聞いたことのある声だ。


「安藤さんっ!」


 女性が叫んだ。

 どうやら禿げ親父の名前は安藤というらしい。余計な知識を入れてしまった。ちゃんと忘れることにする。

 見ると、禿げ親父のまわりに人影がじりじりと集っていた。囲まれる中、禿げ親父は無様にも腕を振り回して、人影を追い払おうとしている。無駄なのに。


「おい!」


 金髪が後を追おうとして、別の人影の集団に邪魔をされた。


「どけ、邪魔だっ! 邪魔だっつってんだよ!」


 金髪がクシを持って人影を牽制する。

 女性のもとに行けるのは俺だけになってしまった。


「お兄ちゃん、クシっ!」

「……」


 ……正直、戸惑った。

 だって、いい気味じゃないか。


「い……、いやだ。わ、わたしは帰るんだ。帰ってサトミの……!」


 禿げ親父の叫び声にぞくりとした。

 なんだ?

 妻の名前かなにかか?


「あ、ああ……サトミ……後藤君……、すまない……わたしは……」


 いや、あんな奴だから愛人の名前かもしれない。

 ……そうに決まってる。

 聞きたくない。

 それを聞いてしまったら――。


「早く!」


 愛奈にそう言われても、俺は動けなかった。


 心臓が高鳴る。

 女性がクシの歯を投げるのが見える。小さなそれは幾本もの槍となって降り注ぐ。だが、一歩遅かった。一斉に禿げ親父へと手を伸ばした人影たちは、むさぼるように禿げ親父を取り込んだ。もぞもぞと縮こまった人影たちは、すでにひとつの黒い塊になっていた。一瞬遅れて槍が黒い塊を貫いたが、次第に禿げ親父の姿は茫洋として、その姿は黒いもやに隠れるように消えてしまった。

 槍は、しばらくゆらゆらと揺れていたが――やがて、黒い影と一緒に消えてしまった。


 ああ、あのコウキとかいうのもああなったんだろうか。

 真っ青になりながら、そう思っていた。


 金髪が周囲の人影を片付けたあと、しばらく全員が黙り込んでいた。


「あ、安藤さん……そんな」


 女性の悲痛な声だけが響く。

 金髪はため息をつき、呆れたように髪を掻く。


 俺は思わずというようにぽつりと言ってしまった。


「……なんであんな奴のこと……」

「お兄ちゃん!」


 気に障ったのか、愛奈が叱りつけるような声をあげた。

 女性はしばらく言いにくそうな顔をしていたが、やがて息をひとつ吐いてから


「そういえば言ってなかったわね。……あのおじさん、娘さんの結婚式が迫ってたのよ。サトミさんっていう。だから……、早く帰りたくて……」

「はーあ。焦って死んでちゃ世話ねぇなあ」


 俺は頭を横から殴られたような衝撃に、くらくらしていた。

 だから、聞いていなかったふりをした。

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