11話 帰り道は回り道
「とにかく、時間まで逃げ切らないとね」
「でもなんでだ? あいつら、さっきまで……」
愛奈は眉を寄せる。
「……気が付いたのよ」
「何に……?」
「ここから逃げようとしてるってこと」
背中がぞくりとした。
逃げようとしてるって、なんだ。
「でも大丈夫。まだこれがある」
愛奈はクシの本体を指さした。
「そ、そうだ。さっきのは一体なんなんだ? 急に槍みたいになったけど」
「……ううん、あたしもうまく説明できないけど……とにかくここから移動しながら話そ」
「あ、ああ」
完全に愛奈のペースだ。
助けに来たはずなのに、これじゃ俺が助けられてるみたいだ。でもそれが以前の愛奈だ。俺の知っている、引きこもってしまう前の愛奈。こんな姿を見るのはいつぶりだろう。ここに来たことで何か変わったんだろうか?
「お兄ちゃんひとりでここに来たの?」
「ああ。来たのはひとりだ」
「じゃあ、他に人間はいないわけね」
「……来る途中で、何人かに会ったけど……」
「そうか。それじゃあ、その人たちとも合流したいね」
思わず言葉に詰まる。
「……そんな。危険だ」
「そんなことないよ。仲間は多いほうがいいでしょ。合流できるならしたほうがいいと思う」
「それは……」
「その人たちっていうのはバラバラに出会ったの? それとも一カ所?」
愛奈の責めるような声に負け、俺たちは三人に出会ったコンビニへと向かった。
正直、もう一度出会うにしても気まずいことには変わりない。だけど、妹を見つけたのだからやいのやいの言われる筋合いはないのだ。それに、もうコンビニにもいないかもしれない。
でも、商店街であの巨大な影に呑み込まれた奴のことは黙っておいた。いまさら言ったって、どうしようもないからだ。
実際にコンビニに着くと、もう誰もいなかった。
「……誰も居ないね」
「帰り道の話をして……地図も書いてきたから。もう移動したのかもな」
ただ、コンビニの内部は荒れていた。あの禿げ親父が暴れたのだろうか。胸くそ悪い。
あいつだけ人影に呑み込まれてしまえばいいのだ。
「でも人影たちが動いてるとなると、その人たちも心配だね」
愛奈はあいつらを知らないからそんなことが言えるのだ。
「時間まで探してみよ」
「愛奈」
俺は腕を引っ張って止めようとした。
だが、愛奈はするりと腕を避けた。俺の手は空を切って、バランスを崩しそうになる。
「嫌なら、お兄ちゃんは一人で約束の場所まで行って。近くに隠れられる建物もあるでしょ。そうしたほうがきっと無事に戻れるから」
愛奈はそう言うと、一人でさっさと歩き出してしまった。
「お、おい愛奈……危ないぞ!」
俺は慌ててその後ろを追った。
結局、時間もあることから、精一杯奴らを探すことになってしまった。
でも、こんなことをしていていいのか、という気持ちもわき上がってくる。
確かに禿げ親父はクズだったけど、金髪や女性は俺を気遣ってくれたのはわかる。それでも、愛奈に比べたら優先順位は低いのだ。それなのに、愛奈は見た事もない奴らを探そうというのだから、微妙に後ろめたい気分になってしまう。
悪いのは奴らなのに。
俺と愛奈はしばらく無言のまま、必要最低限のことだけを喋りながら進んだ。人影は相変わらず、俺たちに気付くと向かってきた。
そのたびに俺たちは迂回した。クシの歯も本数が限られてるし、できるかぎり節約したほうがいい。
クシの歯は折るたびに大きな槍になった。
それだけじゃない。人影が多い時には、一つの歯で何本もの小さな槍になって人影を足止めしたこともあった。
これについても愛奈に聞いてみたけど、「そういうもの」らしい。そもそも愛奈にもよくわからないようだ。こっちの世界では不思議な力が働くんだろうか。せめてもっとファンタジックな世界が良かった。まあ、異世界といえば異世界だけど……。
あのコウキってやつじゃないが、あいつもこれに気付いていたら死なずに済んだんだろうか。
……いや、あいつは死ぬべきだったんだ、と思い直す。そのたびに、ずんと重い枷が俺の心に落ちた。
それでも、商店街まで戻る頃にはクシの歯の数は元の半分近くになっていた。時間もかなりかかったし、途中で潜んで休憩を挟んだこともある。残り時間も着実に少なくなっていた。どうも時間感覚がおかしい。
それどころか、これほど小さな街で――それも、自分達の認知できている場所だけを通っているのに――妙に時間が早いのだ。
「……そろそろ行こう。約束の時間までには着いてないと」
「うん」
俺たちは立ち上がって、商店街を再び歩き出した。
すると、向こうから物音が聞こえた。立ち止まり、お互いの顔を見合わせる。
すぐさま建物の影に隠れ、様子をうかがう。折ったクシの一つを手に、そろそろと向こう側を覗き込んだ。
そこには……。
「……ねえ、そこにいるのって……?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます