13話 特攻

 もはや時間すらよくわからなくなっていた。

 建物の中に隠れ、人影が入ってこないかどうかをときおり確認しながら時間を待った。


 他に人がいないかまだ見てみたい、と愛奈は言ったが、さすがに俺だけじゃなく金髪や女性の反対も受けた。

 確かに、金髪たちと愛奈が出会っていなかったのなら、他にもはぐれている人がいるかもしれない。でも約束の時間も迫る中、自分達の安全のほうが最優先だと説得されたのだ。それにこれ以上元の世界に戻れる仲間が減るのは得策では無い。


「……まずいことになったぞ」


 金髪がため息をついて、窓から戻ってきた。


「奴らがこのあたりに集まってきてる」

「奴らって、あの人影……?」

「ああ。あの幽霊どもだ」


 肩を竦めた。

 幽霊か。

 確かに幽霊みたいなやつらだ。


「……たぶん、わかるのよ」


 愛奈がぽつりと言う。


「何がだ?」と金髪。

「あたしたちがここから出ようとしてるってこと。あたしたちみんなあの交差点で、トラックとぶつかったことで閉じ込められたでしょ。だからよ」

「でも、もう時間だな」


 金髪が苦い顔をしたのははじめて見た。

 女性は黙ったまま何も言わない。


 愛奈はしばらく考え込んでいたが、やがて顔をあげた。


「お兄ちゃん。クシの歯は何本残ってる?」

「え? ……ええと、あと三本……だな。本体もあわせると四本だけど」

「なら、俺と坊主でクシの歯は山分けだ。道は切り開く……それでいいか」

「はい」


 愛奈が頷いた。


「そ、そんな。愛奈はどうするんだ?」

「あたしはお兄ちゃんが守ってくれるんでしょ?」


 当然のように言う愛奈に、思わず吹き出しそうになってしまった。

 それでこそ愛奈だ。


 女性がその様子にふっと笑い出して、ようやく空気が柔らかくなった。


「じゃあ、俺と坊主が先に行くぞ。お前ら二人は後ろからついてこい」


 金髪が勝手に話を進めたのだけはいただけないけど。

 まあ、槍を使えるのが俺だけじゃないってわかった時点でちょっと特別感は失せていたけれど……この際、使い手は多いほうがいいんだろう。


 クシの歯を折って、折った二つを金髪に。

 残った一つとクシの本体を俺が手にした。


「あ、そうだお兄ちゃん。ついでにこれも持ってて」

「なんでだよ……」

「お守り」


 帽子をかぶせられると、手ぶらでいようとする愛奈に呆れながら笑った。

 時間は刻一刻と迫っている。

 金髪がしばらく様子を見たあとに、声をあげた。


「よし。いくぞっ!」

「は、はいっ」


 外へと駆け出すと、人影たちが一斉にこちらを見た。

 両手を前へやり、捕獲しようと近づいてくる。そんな奴らに対して、金髪は腕を振った。その手の中で、クシの歯が勢いよく槍と化す。


「うおおおっ!」


 槍を振り回すと、襲ってきた人影を一気に横薙いだ。

 思わず俺の目も丸くなる。


「や、槍とか触ったことあるんですか」

「あるわけねーだろ! 適当だよ適当!」


 それでいいのか。


「大体、投げて終わりなんて資源の無駄すぎんだろ」


 確かにそれはちょっと思ってた。


「しかしこの槍……」


 金髪はまじまじと槍を眺めた。

 確かに変わった槍だ。普通は持ち手の部分と槍の先の部分は分離していると思うけれど、これは全部同じ素材だ。

 しかし、じっくりと見ている暇は無い。

 じりじりと第二陣が迫ってきていたのだ。


「よっしゃあ! お前もやれ坊主う!」


 言われなくても、やってやる。

 手を振ると、感触が変わった。それまで折れたクシの歯だったものは、俺の手の中で槍になった。さすがに槍の経験はない。無いが……今ならやれる気がする。


「うおおおおっ!」


 ほとんどめちゃくちゃだったが、槍を横に薙ぐ。

 薙ぐというより振り回しているだけだ。でも、当たった人影たちは形を崩して消えていった。

 だが、人影に当たるたびに槍が少しずつ透明になっていき、やがて消滅した。この戦法も少ししか使えないようだ。


「くそっ、これで最後かよ」


 でも時間稼ぎはできる。

 金髪がもう一度手を振ると、新しい槍が現れた。あとはこの一本と、俺の持っているクシの本体しかない。


「お兄ちゃん! あと五分持ちこたえて!」


 後ろから愛奈の声がする。

 くそっ、あと五分くらい早く来いよ!


 だけど五分早く来たとしても、あの交差点の角までは行かないといけない。


 それでもだいぶ人影は減っているが、どこからともなく現れてくる。

 金髪が人影たちを薙ぎ、消していく。その手の中で槍は次第に透明になっていった。あとあそこの集団だけを消せれば、なんとか突っ切れるはずだ。


「坊主! こっちは槍が無くなった! どうにかしろ!」

「く、くそおおっ!」


 勢いよく、残った本体のクシを投げた。歯はもう全部使ってしまったし、どうなるかわからない。

 だけど、ありったけの力をこめて投げた。


 槍になれ。

 なれ。

 なれ!


 そして、クシは弧を描いて人影たちの中心へとぽとりと落ちた。

 血の気が引く。


 だがその次の瞬間、地面から針のむしろのように幾本もの槍が飛び出した。槍は人影たちを貫きながら勢いよく射出されたあと、再び地面に戻ってきてあたりを薙ぎ払った。槍は地面に突き刺さり、道を作りだした。


「う……うわ」


 さすがに投げた俺自身も驚いた。

 まさかこんなことになるとは。

 どうも人影たちは槍を恐れているのか、それとも槍に気が散っているのかわからないが、今なら行ける。


「よし、今だ!」


 金髪の合図と共に走り出す。

 時間が迫っている。


 息を切らして、約束の場所までたどり着いた。


「時間だ!」


 何が起きるのか。


 その途端、何かが割れる音が響いた。

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