4話 化野樹
それなりに大きなハンバーガーが、更に大きく開けられた口に吸い込まれていく。ばくりとかぶりついたあとには大きく欠けた跡が残った。
男はすっかり飢えきっていたようにがつがつとハンバーガーをぱくつき、俺はその様子をただ眺めるだけしかできなかった。
ハンバーガーはあっという間に無くなり、跡形もなく消えてしまった。それから男はコーラを手にすると、これまたズーズーと音を立てながら飲み込んでいった。半分ほど飲み干し、飢えから解放されたようにトンとテーブルにコップを戻す。
長い長い息を吐き、それから急に顔をあげて俺の顔を見つめた。
「アダシノイツキだ」
「えっ?」
「俺の名前だ。化学のカに、野っ原のノで、化野樹。お前は」
「や、山根です。山根晃太。字は……」
説明しようとすると、それを止めるように男……化野は片手をあげた。
それはいい、ということらしい。
その代わりに、急に真面目な顔になった。
「小僧。最初に聞いておくが、諦めようっていう気はないのか?」
「ありませんよ!」
鼻息荒く、語気を強める。
でも、化野は冷静だった。
「……なに、そういきり立つな。お前の覚悟を聞いておきたいだけさ。お前はこのまま全部忘れて、今日のことは、変な親父にハンバーガーをおごる羽目になった不幸な体験として処理することもできる」
「……」
「妹のことは――まだ希望が無いわけじゃないが、確率はとても低い。今この瞬間にもだ。はっきり言って諦めたほうが早い」
反論しようとしたが、その言葉を知らなかった。
「ど……どうしてそんなこと、言い切れるんですか」
「あそこに現れたトラックに轢かれた奴はな、ことごとく行方不明になってる。普通のトラックじゃないぞ、赤いナンバープレートのトラックに轢かれた奴は、この三ヶ月で八人だ」
俺の目は丸く見開いた。
「わかるか? 三ヶ月で八人。お前の妹を含めた八人の人間があそこでトラックに接触後、行方不明になっている。通常の事故と照らし合わせても、この数は異常だ」
驚いた。
八人――妹の他にも七人もの人間が行方不明になっている?
しかしそれなら、不審な車両や事故として警察の中で騒ぎになっていてもおかしくないじゃないか。そうでなくとも、近所じゅうの噂になっていてもおかしくない。
俺の表情を読み取ったのか、化野は続けた。
「この世からそういう風に消えた人間は、徐々にその記憶が修正される。そして噂だけが残る。近所の誰々さんから、どこの誰とも知らない……友達の友達がしてくれた、噂話のひとつになる――都市伝説っていうのはそういうものだ」
「と……都市伝説……?」
「そう。赤いナンバープレートのトラックの都市伝説だ」
俺は混乱していた。
都市伝説だって?
「わからんでもいい。だがお前が相手にしようとしてるのはそういうものだ。だから、俺のことを頭がおかしいと思うなら、妹のことは諦めろと言ったのさ」
選択の余地がない。
愛奈のことを諦めるつもりなんてない。
けれども、理解ができない。
そんなことを真面目に言うのも、受け取るのも、頭がおかしくないとできない。そうでなければからかわれているのかどちらかだ。
「それに、安心しろ。どうせ今は覚えていても、いずれ忘れる」
「そんなことない!」
さすがにムッとして言い返したが、化野は遮るように続ける。
「もうひとつ言っておくと、消えてしまった奴のことは、関わりの薄い奴から存在を忘れていく。妹のことを知っている奴はお前だけなんてはずねェだろう? 多少なりとも近所の住民や家に来たことのあるクラスメイトだって知っているはずだ。だが、そういう奴から存在を忘れていく。妹のことを聞いてみたことはあるか? 完全にお前が変な目で見られていたならそれはもう確定だ」
ぐっと言葉に詰まる。
思い当たる節が、無いわけじゃなかった。クラスメイトはともかくとして、よく挨拶をしていた近所のおばさんたちまで愛奈の存在を忘れるなんてのは変だ。言い当てられたようで返答に困る。
それでも、まだ現実的な理由にすがっていたいのも本音だ。
「――異世界トラック、というのは、トラック運転手の間で語り継がれていた都市伝説だ」
化野はひとつ、息を吐いてから続ける。
「一見、普通の運送トラックと変わらんし、名前もよくよく知られたところの物だが……。だが急に現れたかと思うと、出てきた時と同じように急に消えてしまう。それにうっかり轢かれてしまうと、一緒に異世界へ連れていかれてしまう」
「……なんか、よくある都市伝説ですね」
トラックじゃなくても、鏡や水面とかでよくありそうなものではある。
「そうだな。そしてこいつの特徴だが、もうひとつある。ナンバープレートが赤く染まっていることだ。赤地に白い字で文字が書かれてるんだよ」
赤ナンバー。
俺は目を見開く。
確か、愛奈を撥ねたトラックも、赤いナンバープレートだった。
その場にいた全員が見ているのだ。
真っ赤なナンバープレートに、白い文字。
誰も県名は覚えていなかったが、「し 42-42」だけはしっかりと一致した。
赤い色があまりにも目に焼き付きすぎて、赤いナンバープレートだったことだけ覚えていた人もいる。
それぞれがばらばらに話したにもかかわらず、そんな話が出てきたことに警官のほうが驚いていた。
「お、俺が見たのも……赤いナンバーで……!」
うわずった俺を制し、化野は続ける。
「ナンバープレートっつうのは規格が決まってて、トラックの場合は大体緑だな。緑地に白い字か、逆に白地に緑の字。赤ナンバーも存在自体はしているが、枠の部分か、斜線が入った部分が赤いくらいで、基本的に白地だ。少なくとも、赤地に白い文字なんてものは日本じゃ走ってない。だから不気味で恐ろしい都市伝説の特徴になっている」
ポテトをつまみ、「それだけじゃない」と続ける。
「更に言うなら、運送用トラックに「し」は使わない。ひらがなが割り振られてないってだけじゃない。し、は日本人にとって死を連想させるから、採用しねえんだ。病院に四階や四号室が存在しないのと同じ理由さ。四二や四九も、死や四苦って文字を連想させるから、申請しない限りは基本的に発行しない」
「そ、それじゃあ……」
存在しないナンバープレートだっていうのか。
「都市伝説なんてェのは、事実が語り継がれるうちに歪曲して恐ろしい噂になったか、面白半分に作られたかに過ぎない。大半は存在しねェのさ、現実の壁があるからな」
「でも、でも俺は確かに見たんだ!」
「そうだな。いくらなんでも現実味に欠けるモンが実在するとなると、話が違ってくる」
化野の言葉に、息を小さく吐く。
「怪異ってのは、犠牲者が増えるほどに力を増すものだからな」
答えに窮している僅かな間に、化野は声を潜めるように言った。
「で、どうだ小僧。これだけおかしな話を聞いても、妹のことを追いたいか? ん?」
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