第15話 烏羽校長

 ツェルティク・アカデミアでは、一定の年齢ごとに教育段階を五つに分類している。

 三歳から五歳までの幼児が通う『幼等部』、六歳から十二歳までの児童が通う『初等部』、十三歳から十五歳までの少年少女が通う『中等部』、十六歳から十八歳までの若者が通う『高等部』、十九歳から二十二歳までの青年が通う『士等部』の五つだ。

 因みに士等部はその修学内容によって更に『学士科』『修士科』『博士科』の三種に区分されるのだが……それは今は関係ないので置いておこう。

 基本的に配属される教室は年齢に応じて決められるものだが、時折例外も生じる。その生徒が持つ知能レベルが著しく突出しており優秀な成績を修めていると『飛び級』という形で本来配属されるはずだった教室よりも高レベルの教室へと配属されたり、逆に病の後遺症などが原因で知能レベルが年齢と比較して著しく劣っていると下級の教室に配属されたりすることがある。

 シュイがリソラスにしたためた手紙の内容によると、ミラを本来配属されるべき中等部ではなく、ひとつ上の高等部へと配属しろとのことのようだが──?


「高等部? 飛び級ということか? シュイの奴……何で、また」

「ケセド種ヴェンブリード家のお嬢さんのことは御存知かい? ル・ファズ君」

 首を傾げるファズに、リソラスは顔の横で広げていた手紙を器用に片手で畳みながら問いかける。

 ケセド種ヴェンブリード家、の単語の登場に、ファズは一瞬口を閉ざして瞬きをした。

「ヴェンブリード……ひょっとして、セレスのことか?」

「うん、そう。ヤ・セレスティア君も我が校に通う生徒なんだけれどね。彼女の配属先の教室が高等部二組──つまり、ル・シュイ君がミラ・ユッタ君の編入先として指定してきた教室なのさ。学校生活に色々な意味で不慣れだろうミラ・ユッタ君にとって、困り事を気兼ねなく相談できる者がすぐ傍にいた方が都合が良いだろうと、それが彼がこの教室を編入先として指定してきた理由だよ」

「そうねぇ、この子にとって安心して頼れる人は、私たち教師よりも歳も立場も近い生徒の方かもしれないわね~」

 空になったミラの皿に新しいケーキを盛り付けながら、アリステアが微笑んでいる。

「面識があって同じ女の子同士だったら、お年頃で赤裸々な可愛い恋の相談とかもできるでしょうし。……あら、ミラちゃんにはもうセト君って素敵な未来の旦那様がいるのに、私ったらうっかりさんね。ごめんなさいね~。……お紅茶のおかわりは如何かしら?」

「……いいい、いえ。あ、ありがとうございます……頂きます」

「……僕はどちらかというと、ル・シュイ君はヤ・セレスティア君を自分たちの代理人にしたがっている、という風に見えたけれどね」

 リソラスは苦笑しながら紅茶で軽く口内を潤した。

「ケテル種ル氏族アヴィル家は、公には王家扱いされていないとはいえ、現国王の直系の家系だ。代々その時代の王となる人物を輩出してきた君たちは、僕たちなんかよりもずっと多忙で重要な責務を数多く負っているんだろう? ──本当は自分たちが直接ミラ・ユッタ君の護衛役として彼女と常に行動を共にしていたかったけれど、それが難しいから、立場的に最も適任だと思われるヤ・セレスティア君を自分たちの代役として傍に付けることにした……だからそうさせるのに都合がいい彼女の所属先の教室にミラ・ユッタ君を編入させることにした。こんなところじゃないかな」

「……単なる憶測の割に、随分と自信ありげだな」

「ル・シュイ君だからね。彼ならそれくらいは普通に考えるだろう? そういう事実でもなければ、彼に『澆薄賢者』なんて異名が付くはずがないじゃないか」

「……まあな」

 ……この男は本当に食えない。

 表面上はそ知らぬ顔をするファズだったが、胸中では眉間に皺を寄せてリソラスのことを見つめていた。

 リソラスは、口調も穏やかで態度も礼儀正しい、一見すると紳士的な男に思えるだろう。……だが、ファズは知っているのだ。彼が、それこそ赤の他人のプライベート中のプライベートなことまで平気で詮索しては裏の情報まで把握している覗き魔のような趣味を持った人物であるということを。

 彼を咎めて敵に回すようなことをしようものなら、それこそ恥部に隠されたほくろの数まで世間に暴露されることになるだろう。

 普段の態度がこうなので、とてもそんな男には思えないかもしれないが。己の黒歴史を封印したままにしておきたければ、無意味に彼を刺激して機嫌を損ねるような真似だけはすべきではない。これは彼を詳しく知る者たちの間では暗黙の掟とされるものであった。

「ミラ・ユッタ君の学力の程度なら、飛び級扱いで高等部に編入させても特に問題はないだろうというのが僕の見解だよ。──ミラ・ユッタ君に特に異を唱えるつもりがないのなら、そちらの要望通りに彼女は高等部二組に編入させよう。後はヤ・セレスティア君に話を通しておく必要があるけれど……これは、後々混乱しないように早目に話をしておいた方が良いかもしれないね。ついでだから、今この場で済ませてしまおうか」

 リソラスは傍らのアリステアに告げた。

「アリステア。ヤ・セレスティア君を此処に呼び出してもらえないかな。今の話、この場で彼女に伝えるよ」

「分かりましたわ。……少しだけお待ち頂けるかしら」

 アリステアは空のトレーを小脇に抱えて退室していった。

 彼女の姿が扉の向こうに消えてから、リソラスはミラの方に顔を向けて、

「……君も、折角だから少し校内を見学しておいでよ。ヤ・セレスティア君にさっきの話をした後は、手続きに関することとか、主にル・ファズ君とする話が主だから、この場に君がいなくても特に問題はないから。事務的な難しい話をただ黙って聞いていなさいと言うのも退屈だろうしね。……まぁ、君がそういう遣り取りの話にも興味があると言うのなら、僕は無理に校内見学して来なさいと勧めるつもりもないけれど」

「君の好きなようにしていいぞ、ミラちゃん。この建物は割と広いから、もしも校内見学に行くのなら迷子にならないようにな」

 言いながら、ファズは自らが身に着けている虹色の雫石が付いたイヤリングを片方外すと、それをミラに渡してきた。

「何かあった時は、それを使って俺に知らせてくれ。宝石の部分を指で挟むように摘まみながら念じると、俺が着けているこっちの石と魔力が繋がって俺と会話の遣り取りができるようになる。指を離すと魔力の繋がりが途切れるから、それだけは気を付けるんだぞ」

 ファズがミラに渡したイヤリングは、思念魔法を封じた魔水晶を加工して仕立てた特別な宝飾──いわゆる『魔道具』と呼ばれるものだ。魔道具とは何らかの魔法を封じた魔水晶を材料にして製作された服飾や宝飾、道具のことを一律でそのように呼び、その価値にはピンからキリまである。因みにナギとウルがミラへの贈り物用にニアから譲り受けた髪飾りも、魔道具だ。

 余談だが、例え魔水晶を材料の一部に使用していても、魔機は魔道具とは別物として扱われている。魔機は道具よりも複雑な『装置からくり』であるため道具として扱うのは変だ、というのが魔機が魔道具扱いにならない理由らしい。

 ファズは仕事柄、自らの職場を離れて時には遠方の町にまで赴くことがある。その最中にも、職場に残っている雇用人たちと情報の遣り取りを頻繁に行うことが欠かせないのだ。その業務を円滑に行うために、このイヤリングのような『仕事道具』を幾つも持ち歩いているのである。

 ミラはファズに礼を言って、受け取ったイヤリングを右耳に着けた。何故右耳なのかというと、単純に彼女が利き手の都合でアクセサリーを身に着けるのが右側からというのが癖になっている、それだけのことだ。

「ありがとうございます。お借りします」

「今の時間だと……うん、そろそろ一時限目が終わって休憩時間に入る頃だね。生徒たちと話をする機会もあるかもしれない、良かったら皆に学校のことを色々訊いてみるといいよ」

 懐から取り出した懐中時計を覗き込みながら、リソラスは微笑んでミラを校内へと送り出した。

「ゆっくり楽しんでおいで」

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