第7話 迷宮事件・3
小気味いい爆発音を伴って、火球が次々と魔石ゴーレムへと命中する。体勢こそ崩さないものの、足を止めた魔石ゴーレムへとテスラが瞬時に辿り着き、コルンから見て左側へと回り込んだ。
「っくぞ、おらぁ!」
怒号と共に振り抜かれたテスラの四連打が、ほとんど繋がって聞こえる打撃音で命中を知らせる。
「おぉっ! 効いているんじゃないか?」
周囲の衛兵たちからどよめきが漏れる。テスラの打撃を受けた魔石ゴーレムが一歩よろめいて下がったことは、それほど衝撃的な光景だった。
「魔法と物理の同時攻撃が有効というのは本当だったか! しかしこの戦闘能力、さすがセッカン隊といわざるをえんか……」
喝采を上げつつも複雑な表情を見せるのは、号令をかけていた年嵩の衛兵、ダンジョン隊の隊長であった。生活環境隊が精鋭であることは認めてはいるものの、組織に馴染まない彼らの活躍は隊長の様な立場の人間には歓迎できないものでもある。
「続ける、です」
そんな周囲の思惑などは関係なく、テスラが一歩下がると同時に、コルンは次の火球を放つ。
やはり今度も全弾命中して、魔石ゴーレムはよろめくまではいかないものの、耐えるようにじっと立ちつくす。
「っでぇ、追撃ぃ!」
そこに、テスラが踏み込んで接近し、フック気味に振るった左を魔石ゴーレムの胴体へとぶつけ、続けて右腕を大きく振りかぶって頭部へと叩きつける。
テスラの手袋を補強する金属と、魔石ゴーレムが衝突する鈍い金属音が、轟音となって辺りに響き渡った。今度も魔石ゴーレムが、一歩、二歩と後退る。
そうして何度か連携攻撃を繰り返し、数歩街へと入りかけていた魔石ゴーレムを、ダンジョン入り口まで押し戻していた。
しかし、熱を上げる周囲の衛兵と違い、火球を放ち続けるコルンの表情は冴えない。
「少し魔法が足りない、です」
コルンは軽く下唇を噛みながら、呟く。モンスターにも当然個性があり、ゴーレムであってもどの個体も全く同じというわけではない。今相対している魔石ゴーレムが明らかに物理よりも魔法防御が高い特性を持っている、というだけではあるものの、事実自分の火力が足りないという状況に、コルンは悔しさを感じていた。
テスラとの連携攻撃を続けながら、コルンはちらりと上目遣いに周囲の衛兵を窺い、軽く頭を振って嘆息をつく。
「安易に加勢を頼むと、テスラ君に当たる危険があるだけ。ウチが頑張るしかない、です」
自分の提案を信じて、躊躇いなく前線へと飛び込んでいったテスラへ危険が及ぶ選択ができず、コルンは気合いを入れなおして攻撃を継続する。しかし当のテスラは、そんなコルンの様子に目ざとく気付いていた。
「どしたっ? 問題、かっ?」
コルンの火球の間を縫って、絶え間なく打撃を加え続けるテスラは、振り向かずに声を張って疑問を投げてきた。
「っ! 魔法の威力が足りないみたい、です。 ウチがなんとかする、から、もう少しこのまま」
意を決したようにコルンは大きな声で告げる。テスラは予想外に大きな声で返答が来たことに驚いたようであったが、それこそがコルンの焦りの大きさであると受け取った。
「……、オレのっ、打撃は多少威力が落ちても足りてるんだなっ?」
一瞬、視線を彷徨わせて何事か考える様子を見せたテスラは、そんな確認をコルンへと問うてきた。
「え……? はい、です。テスラ君は十分、です。足りないのはウチが……」
攻撃こそ緩めないものの、再びコルンは俯きがちになって自責の念に囚われる。
「オレに考えがある。コルンは続けてくれ!」
絶え間ない連携攻撃を継続しながら、テスラは自信ありげにそう言った。
「え……、ですが」
コルンも一応はテスラ入隊の経緯を聞いていた。つまりテスラは致命的に魔法が苦手だと知っていたために、戸惑っていた。
しかし伝えるべきを伝えたテスラは、それ以上問答には取り合わず、コルンの放つ火球の合間に魔石ゴーレムを殴打しつつ、意識を両の拳へと集中していった。
「……、大丈夫。このやり方ならオレにでも出来るんだ」
呟きながら、テスラは拳へと魔力が集まり、そしてコルンが放つような燃え盛る火球となる様を思い浮かべる。
「っくぜぇ!」
気合いを声と共に放ったテスラの、その両拳が魔力の炎で燃え上がる。
「は? え、テスラ君!?」
少し火球の制御を乱しながら、動揺したコルンが慌てた声をあげる。魔法は発動者の魔力がある限りにおいて、難易度を別にすれば発現の限界は無い。つまり敵をいきなり燃やすような発動も原理的には可能といえる。しかしそうしないのは、発動者から発動地点が離れる、見えない地点を発動点にする、あるいは意志ある対象を直接発動点にする、こういったことで魔法の難易度が跳ね上がるからであった。
だから、普通は目の前に発動点をおいて、そこから火球なり雷撃なりを放つのが普通の魔法というのが常識だった。いくら魔法が苦手であっても自分の体を発動点にしては自傷行為にしか見えない。
「大丈夫だ!」
コルンの心配を読み取ったテスラは少し手を揺すって、自分の手を焼いている訳ではないと示す。昔からこの変な発動しかできないテスラにとって、この手の心配をされることは慣れていた。冒険者試験ではただバカにされただけであったが。
「これで殴れば、魔法も物理も同時だろっ!」
テスラの燃える手が自傷行為ではないと知って、落ち着いたコルンは、再び精緻な制御を取り戻して的確に火球を命中させる。そしてその直後、先ほどまでと同じ踏み込みでテスラは魔石ゴーレムへ接近し、先ほどまでとは違う燃える拳を左、そして右と続けて振るう。
「よっしゃ!」
少しだけふらつき、しかし先ほどまでと明確に違ってその表面にひびを生じさせた魔石ゴーレムをみてテスラが快哉を上げる。
「すごい、です。これなら」
手詰まりに焦れる状況から一転して、コルンも明るい声で呟く。
「なんだぁ! 燃える手で殴ってやがるぞ、あいつ!」
周囲で見ていた衛兵たちもざわつく。魔法が寸分も放てないほど苦手なくせに、自分は傷つけないように魔法を手に纏うなどという器用な芸当をみせ、それを持って魔石ゴーレムを追い詰める攻撃をするテスラに、状況も忘れて驚愕するのも無理はなかった。
「あと少し、です」
テスラの活躍に触発されたのか、さらに数を増した火球を、コルンが放つ。
「これでぇっ、最後ぉ!」
既に全身にひびが及んでいた魔石ゴーレムの胴体中心を目掛け、テスラはより一層強く、肘の近くまで燃え上がらせた右腕を体全体で引き絞り、踏み込みと共に振り抜く。
打たれた魔石ゴーレムは、一歩、二歩と下がり、全身のひびからちろちろと火炎をのぞかせる。
そして、あっけないほど静かに、砕けて散り落ちた。
「「「うわぁぁっ! やりやがった!」」」
その瞬間を待っていた様に、いや事実待っていた衛兵たちが大歓声をあげる。
「ふぃー、疲れたな」
「――!」
テスラは周囲の様子も気にせず、魔法の炎を消した腕を肩から回している。一方のコルンは半分は自分へと向けられた注目と大声に驚き、先ほどまでの精強な魔法使いと同一人物とは思えないほど縮こまる。
「お疲れ、コルン。……て、ああ。なんていうか、疲れるのはこれからか?」
「……」
テスラはコルンへと近づいてねぎらいの声をかけるものの、当のコルンは俯き、制服の裾をぎゅっと握りしめるのみで、ときおりびくつく以外の反応を示さない。
その間にも、ダンジョン隊の隊長と、応援に駆り出された制圧隊の現場責任者であるロックボルトの指示によって、後処理が始められていた。しかし、魔石ゴーレムの残骸の片づけやダンジョン管理運営の復帰業務、あるいは周辺住民への周知など忙しい中にあっても、手すきの物はいるし通り過ぎるだけの衛兵たちも声をかけてきていた。
その全てが好意的で、衛兵団の仲間である二人を称え、ねぎらうものであり、テスラにとってはくすぐったくも誇らしく感じていた。
「ありがとよ!」
「また何かあったら、頼むな。生還隊!」
「テスラっていうらしいな、なんだあの攻撃!」
「お嬢ちゃんも若いのにすげぇな、並の衛兵何人分の魔法だよ、あれ」
「……! ……! ……! ……!」
そしてその一つ一つに対してコルンはびくついていく。しかし、衛兵たちは単に忙しいからか、あるいは気分が高揚しているからか、そんなコルンの様子には頓着せずに次々と声をかけては通り過ぎていく。
「まぁ、ここはもう任せて帰ってもいいだろ。ゲンさんも……、勝手に帰るだろうし」
「……っ!」
生活環境隊室へと帰ることに決めたテスラは、動けそうもないコルンの手を取って歩き出す。地元の田舎では不良少年ではあったものの面倒見のよかったテスラにとってごく自然な行動であったが、しかしコルンはこの日一番大きくびくついた。
「どした?」
「なんでも、ないです」
そんなコルンにテスラは問いかけるが、しかし一瞬だけ何事か考えたコルンは小さく頭を振って小さな声で答えると、そのままおとなしくついて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます