タカは宇宙を舞う

もう寝たかな。

少なくとも弟はもう寝てる。子どもなのにいびきが汚い。

予め用意していた服に着替え、財布とクロックスをいれたバッグを片手に持つ。

玄関から外に出るのはリスクが高い。どうしてもガチャリと大きな音がしてしまう。そこでわたしはベランダから外に降りることにした。洋間の窓を開け、ベランダに出る。宙は快晴だ。星が十字に光を放っている。砂漠の星空よりは少ないだろうけど、都会に比べたら断然多いだろう。

ベランダの柵を超え、倉庫の上に足を置く。音がしたけどゴキブリが這いずり回るくらい小さな音だ。次に隣の家の柵に足をかけてゆっくりと地面に降りていく。地面に足がついたとき少しふらついたけど何とか踏ん張った。

「よし」

つい声が出てしまったけど大丈夫。バカな弟がおしっこで起きてわたしに同行を促さないことを願うばかりだ。


自動販売機でコーヒーを買う。プルタブを開けてから「よくふってからお飲みください」の表示を発見した。いつも忘れちゃうんだ、これ。

午前1時の世界は異様だった。いつもの通学路、桜並木、公園。みんな不気味な静寂に包まれている。車も人もみんないない。………虫はうるさく鳴いているけどさ。

タッタッタと運動靴の軽い音がする。公園のツツジの植え込みに隠れていたわたしは恐る恐る顔を上げた。

「やっぱり重たかった」

佐藤くんは後ろに望遠鏡を担いでいた。

「持つよ」

「いや、いいんだ」

佐藤くんは辺りをキョロキョロ見渡してからさっさと歩き出す。やっぱりちょっと怖いんだと思った。

今いる公園から北に歩いて少しの場所にある公園に良いスポットがあるという。そこを集合場所にしたらって思ったけど今の公園の方が近くて一人でいる時間が少ないから安全だからこっちの公園の方がいいんだとか。

わたし達は公園を出発する。自動販売機の隣のごみ箱に缶コーヒーを捨てた。

電灯を周回するカナブンの羽音とどこかでなくフクロウの声が聞こえてくる。

わたしと佐藤くんは肩が触れるくらい迫ったり、離婚寸前の夫婦みたいに離れたりしながら横に並んで進んでいく。

会話はない。だけどそれで良い気がした。

ペタペタと音が鳴り始める。わたしのクロックスはもう寿命らしかった。

「着いたよ」

目的地の公園は樹々に囲まれていた。しゃれた石材で作られた道は傾斜があって森の奥まで進んでいた。学校のみんながここで遊ぶことはほとんどない。球技をするには傾斜が邪魔だし、何より山に近いせいか陰気くさいからだ。

「あそこ」

「何?」

「火星が見える」

樹々のせいで見通しが悪い。ずんずんと歩みを進めると急に森が開けた。

丘の上には小さなスペースがあって、小さなベンチが置かれていた。

佐藤くんは少し小走りになった。

わたしは火星を見つけた。

やぎ座といて座の真ん中あたりでぼんやりとしたオレンジ色で発光している。

佐藤くんの最終目的地はあそこらしい。

火星のニールアームストロングだ。

望遠鏡のセッティングは少し時間がかかった。そこまで暑くないのに汗が出てきた。

わたし達は二人並んでベンチに座った。

宙を見上げる。

天の川は見えないけど満天の星空だ。 

暗くてはかない星、眩くて元気いっぱいの星。

宇宙人がいないなんて嘘だ。ボイジャーのアナログレコードはきっと誰かに届く。

佐藤くんが星と星を繋いで星座をつくってくれる。まるで天然のプラネタリウム。

望遠鏡を覗くのはまだ少し先になりそうだ。

「あっ」

「何々?」

「流れ星だ!」

もう目を凝らして見る必要もなかった。

流れ星宇宙を舞い。線を引いて消えてゆく。

赤い色、白い色。

楽しげに宇宙を描いていく。

わたしはベンチの上に立ち、大きく両手を広げた。

漆黒の闇、眩い光。

佐藤くんが火星についたとき、わたしはここで星を見ているかな。

大きく手を広げてるかな。

心が布団みたいに縮められて、発酵パンみたいに膨らんで。

「わたし地球から手を振るよ。火星の佐藤くんにさ」

佐藤くんの表情はよく見えない。

でもなんななくわかった気がする。

一際大きい星が右から左に通り抜ける。

『わたしはいつまでもこの景色を忘れない』そんなありきたりな言葉がいつまでも胸を離れなかった。











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イーグル号に乗って キツノ @giradoga

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