small step for (a) man

「天体観測をしたいと思ってる」

教室で本を読んでいたら佐藤くんがそう話しかけてきた。

少し恥ずかしかったけどなんでもないみたいに答える。

「何か見えるの?」

「流星群。ペルセウス座流星群」

その名前は聞いたことがある。というか佐藤くんから聞いたんだ。

わたし達はもう何度も宇宙について語り合ってきたから。

天体観測という言葉に胸は躍ったけど、現実的な自分が釘をさしてきた。

「夜だよね。子供だけでいくの?」

「うん」

「じゃあ補導されちゃう」

「みんなが寝静まったころに行けば大丈夫。結構近いから」

佐藤くんは結構大胆だなと思った。暗い夜道を一人で………不安だし、家族に見つかったらなんて言われるだろう。

わたしは答えを保留すると佐藤くんは「そうか」とだけ言ってまた宇宙と力学の話を始めた。


帰り道わたしと佐藤くんは公園を横切って下校する。公園には遊具が幾つか置いてあるけど誰も遊んでいなかった。わたしはぐるぐる回転する遊具につかまる。身体をゆらしたが遊具は動かない。

「それ、動かなくなったんだよ」

「なんで?」

「安全上の都合で」

佐藤くんは滑り板をのぼっていく。

アルミで出来た板は見るからに熱そうだ。

佐藤くんは滑り台の頂上に達する。わたしは遊具を降りて滑り台の階段の方へ近寄る。

「問題!ニール・アームストロングは月に降りるときなんて言った?」

佐藤くんは滑り台の階段をしっかりと手すりを持ちながら降りていく。

「『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』でしょ」

「正解。でも実はsmall step for manが本当に言った言葉なんだ」

わたしは単語をひとつづつ和訳してみる。特に何が違うのかわからない。

「『man』の前に『a』を入れないと人間が人類になってしまうんだ」

「そうか、一歩を踏み出しているのも、偉大な飛躍をしているのも人類になってしまうんだね」

佐藤くんは地面に足をついた。足跡はつかない。

踏み出した一歩、大きな飛躍。

なんだか気持ちのいい夕暮れだ。

「わたし行くよ」

「え?」

「流星群」

佐藤くんは眼鏡をくいっと上げた。でもインテリっぽくはない。

「じゃあ、計画を立てないと」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る