ベテルギウス
翌朝。学校にいつもより早くつくと机の上に紙鉄砲が置いてあった。佐藤くんは教室にはいない。さながらクリスマスプレゼントだ。紙鉄砲を持ち上げるとぽろっと二つの小さな紙が滑り落ちた。取り扱い説明書と作り方がそれぞれ書かれている。
「まめだなぁ」
バンッと音が鳴る。
振り返るといつもの男子が紙鉄砲を岡見さんの耳元で鳴らしたらしかった。
わたしは手に持った紙鉄砲を眺める。どんな音が出るだろう。
振りかぶる。野球選手がするみたいに思いっきり腕を振った。
教室に強烈な破裂音がこだまする。いつもの紙鉄砲とは比べ物にならない。花火が弾けるのを間近で聴くみたいな。
わたしはとっさに鼓膜を覆う。周りを見るとみんな、男子も、岡見さんも耳を塞いでいた。
わたしは教室に災害を引き起こしてしまったようだ。
「何読んでるの?」
図書室で本を読んでいる佐藤くんを発見した。わたしはよく図書館にいくけど佐藤くんを見つけるのは初めてだった。いや、もしかしたら意識してなかっただけかも。
「ホーキング博士の本だよ。宇宙についての本だ」
佐藤くんはインテリっぽく眼鏡を上下に動かしながら答える。
「宇宙が好きなの?」
「そう!そうなんだ」
少し語気が熱くなった佐藤くんを見てわたしはなんだかほんわかした気持ちになった。
宇宙かぁ。
「あの紙鉄砲はどうだった?」
「そうそう!バカな男子がつくるやつより断然大きい音が出たの。どこが違うの?」
「よし。そうなんだ。あの紙鉄砲が普通と違うところはね………」
佐藤くんの説明は相変わらず難しかったが、なんだか前と違って楽しかった。
「宇宙かぁ」
ある程度説明が終わったとき、わたしが呟くと佐藤くんはふっと息を吐いた。
「実はね。僕は宇宙飛行士になるんだ」
「宇宙飛行士に、なれるの?もう決まってるの?」
「決まってはないけど、なるんだ。そのために今勉強している。宇宙飛行士になって火星に降り立つんだ」
それから佐藤くんの宇宙談義が始まった。
ライカ、ガガーリン、ニールアームストロング、そのなかでも一番心に残ったのがベテルギウスの話だった。
「ベテルギウスは太陽の何千倍もの大きさの恒星でね。もう爆発してなくなってしまっているんじゃないかって言われてる」
「どういうこと?今見えてるんでしょ。じゃあ存在しているんじゃないの?」
「ものすごく遠くにあるからあっちで起こったことが伝わるのに時間がかかるんだ。だからあっちじゃ過去のことがこっちじゃ今なんだ」
家に帰ってやわらかい布団にくるまりながらベテルギウスのことを考える。わたし達が見ているベテルギウスは今の世界じゃない。今が昔になったときやっとベテルギウスの今は姿を現す。もしかしたら爆発した姿で。
恒星が爆発してしまう。それは太陽が爆発してしまうことに等しい。ベテルギウスを回る星の住民はもう避難を完了しているだろか?それともなにも打つ手なしでうずくまって震えているだろうか。
わたしは人類がこれから生きられる年月を頭で計算する。
太陽が死んでしまうまでにわたし達は何ができるだろう?暗闇に浮かんだ未来都市にいる子孫はなんだか悲しい顔をしていた。
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