21
悠太郎と付き合い始めたものの、信乃はあまり生活に変化を感じていなかった。今まで通り悠太郎は家に来て、たまに泊まって、を繰り返す。家のことはほとんど口にしなくなった。勘当おめでとうと信乃が揶揄れば、まだ勘当はされていないと怒ったので、家族との関係はそこまで悪いわけではなさそうだった。
休学中とはいえ、何もやらないと穀潰し扱いされるからと、悠太郎が近くの町でアルバイトを始めれば、一緒にいる時間も自ずと減る。気にするようなことではないはずなのに、信乃はなんとなくそれが悔しかった。そんな信乃の不機嫌に気付いたのか、悠太郎は「一緒に住む?」と言い出した。
「は? 一緒に住むのはケッコンしてからでしょう?」
「いや、別にそういう決まりはないけど」
信乃の言葉に悠太郎が苦笑しながら返す。
「だって僕がバイトに行くと不満そうだし、どうせ同じ村だし」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだよ」
信乃の知っている人間の世界とは異なるが、人間の世界の価値観も世代を追うにつれて変わっていくのは自然なことだ。
納得し、じゃあいいですよ、と答えた信乃に、悠太郎は目をぱちくりさせた。
「なんですか?」
「いや、まあ――」
はは、と笑いながら悠太郎は信乃を抱き寄せて頭を撫でた。
「ちょ、なんですかいきなり」
「あまり人の言うこと真に受けるなよ」
騙されそうで怖い、と笑う悠太郎に、騙すのはこちらの十八番だと信乃は膨れた。
そうと決まればと、その日のうちに軽トラで荷物を運んできた悠太郎の行動の早さには信乃も呆れた。いな、悠太郎にはいつも呆れさせられる。何が彼をそこまで動かすのか、信乃には到底理解できない。
「家族にはなんて言ってきたんですか」
「『彼女と一緒に住む』」
「はあ……」
それでみすみす狐の懐にかわいい息子を放り込むご家族とやらの顔が見てみたい、いや信乃は知っているのだが。もし母に信乃が同じことを言ったら全力で止めるだろう。そこまで考えてから、いや、と信乃は首を傾げる。母なら好きにさせるかもしれない。もとより妖狐は個体で生きるもの、生き残れるか否かは個々の力量なのだ。
「僕は跡取りだからね、甘やかされてるんだよ」
ため息をつく信乃に、悠太郎がにっこりと言う。それは果たして自慢するべきことなのだろうかと信乃はさらに呆れたのだが、悠太郎は気に留めなかった。
けれど、そんな悠太郎との日々は、信乃にとって楽しいものであった。最初は興味から、次第に悠太郎の匂いが愛しくなるようになり、これが恋なのだと
気付いたのは初めて肌を重ねた日であった。
この人間との子どもを作りたい。
漠然としたその興奮は、信乃がそれまでの庇護される存在から、独立した個体になったことを示していた。
だが、それも長くは続かなかった。
ある日、悠太郎が血を吐いた。
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