20
「親族……?」
浩一郎の言葉が咄嗟に飲み込めず、信乃は目を白黒させながら尻尾をばたつかせた。がさがさという草を叩く音に、浩一郎が苦笑する声が混じる。
「突然そんなこと言われても困るよな。だが事実だ」
「そんな与太話」
誰が信じるものかと信乃が言えば、浩一郎は信じる信じないは自由だと返した。
その声に続いて、腰を下ろす音がする。弟の墓だからと無礼過ぎないかと信乃は思ったが、大した問題ではないのだろう。
「昔々、何年前のことかは俺も知らん。だが、石倉家のご先祖様は狐に誑かされたそうだ」
石倉家の長男坊がある雨の日に山の中で怪我をしていた所、美しい女に助けられたのだと言う。雨がやんだ後、長男坊は隣村に用事があったためその場を離れたが、その女にお礼を言いたく探し回った。すれば、村はずれの小さな家に女はひとりで住んでいた。長男坊は女のもとに通った。ぜひ嫁にと言ったが女は一向に首を縦に振らない。そんな中、長男坊のもとには縁談が届いた。家を継ぐ身、いつまでもひとり身でいるわけにもいかず、長男坊は渋々縁談を受け入れた。そうして嫁いできた娘との間には一男二女を設けたが、その間も長男坊は女のもとへ行くのをやめなかった。妻はそんな旦那に悲しみ、離縁を申し出た。だが、それを許さないのはそのときの長男坊の父親だ。父親は息子を誑かしたとその女のもとに乗り込んだ。そのときにわかったことだが、長男坊はその女と一男一女をもうけていた。女は突然怒鳴り込んできた父親に対し丁重に接し、父親は父親でてっきりふしだらなものとばかり思っていた女の様子に牙を抜かれ、しかし息子とはもう会わないで欲しいということだけは女にお願いした。それに女は条件を付けて了承した。
「その条件は、男の子を引き取ることだった」
父親は大いに困った。男では後継ぎの問題が出てきかねない。女はこの子に後を継がせる必要はないと言うが、実際問題として揉める可能性は大いにある。女ならば良いと言ったが、女は男の子でなければダメだと譲らない。結局、父親は女の条件を呑むことにした。連れ帰った男児は、後継ぎの候補から外し、奉公のような立場で扱うことにした。その後、それでも諦め切れなかった長男坊が女に会いに行くと、女と会っていた家はもう何十年も主人のいないあばら家であり、村人や行商人に聞いてもそんな家も女も知らぬという有様。狐に化かされたのだと長男坊が気付いたのはそのときで、けれどもらった子が狐との間にできた子だとバレれば殺されかねないと危惧した長男坊は、二度と女に会いに行かないことと、女が狐であったことを黙っていることを心に誓った。長男坊が女に惚れたのは事実で、その女との間の子は長男坊にとっては大事な子だった。幸いにも男の子は順調に成長し、異母兄弟との関係も良い。
「だが、状況が一変した」
ある日、長男坊が家を継ぎ旦那となってから間もなく、妻との間にもうけた男児が病にかかった。大事な後継ぎである。一家総出で看病した。しかし、それでも一向に良くならない。大旦那はこれは悪いものに憑かれたと祈祷師を呼んだ。その祈祷師は熱に魘される子を見、大旦那を見、旦那を見、それから最後に引き取った子を見、その子が原因だと声を上げた。
――その者は狐に憑かれている
旦那は顔を青くした。その子はまさに狐との間にできた子ども。殺されてしまうのではないかと思った旦那は、必死に弁明をした。祈祷師はそんな旦那の様子に、殺さずとも良い、この家が出しなさいと告げた。その祈祷師の言葉に、旦那は頷いた。その子を連れ、かつて女とまぐわったあばら家に行く。その者に旦那はその場で額ずき、自身の不徳を詫びた。その者は旦那に今まで育ててくれた礼を言い、そのまま姿を消した。やがて子は快調し、後継ぎとなった。
「……それだと、今に繋がらないのですが」
「一人息子は後を継いだが、子を為さぬまま死んだんだ。そのご先祖様は、狐の呪いだと思ったんだろう、どういう方法を使ったのかその子どもを呼び戻し、後継ぎにした」
「呪い、ですか」
「ああ、呪いだ」
浩一郎は疲れたようなため息をついた。
「石倉の男はみんな病気で死ぬ。それは狐の呪いなんだ」
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