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 父の訃報に帰ってきた悠太郎は、そのまま休学し、村に留まることを選んだ。父がいなくなったことで、石倉家が不安定な状態になったこともある。もともと石倉家の男性はみな、病気で死ぬことが多かった。なにがしかの呪いではないかと言われる確率だ。実際、悠太郎の祖父も病気で亡くなった。それでも孫の顔を見られる程度には長生きしたのだが。


 そういう家系なのだろうと皆々が諦めていたのだが、此度ばかりは事情が違った。信乃の母――妖狐の件があったからだ。それもあり、浩一郎を除く家の人間は相当な恐慌状態になってしまったらしい。悠太郎と浩一郎がなんとか宥め、ある程度の落ち着きを取り戻したところで悠太郎は信乃のもとに来た。


「そんな状況で普通に私の所に来る貴方の神経を疑いますよ?」


「だって無関係だ」


「どうでしょうね、母様の呪いかも」


「だったら自業自得だ」


 悠太郎の言葉はどこか冷たい。それは信乃に対してではなく、どうやら自分の家族に向いているようであった。信乃からしてみれば、むしろその家族の言い分の方が正しいのだが、悠太郎は信乃が悪く言われている状況が不満のようだ。


 信乃はそんな悠太郎に呆れ半分に付き合いながら、このまま例の約束のことなど思い出さなければいいと思っていた。


 しかし、現実はそう甘くない。悠太郎はしっかり、次回会うときに返事を聞くというのを覚えていた。


 家に戻ってきた悠太郎は、当初こそ父の遺品整理に忙しそうにしていたが、それも粗方片付け終わり、四十九日を終えるとすっかりやることもなくなった。とはいえ、家の空気は相変わらず沈鬱としていて、どこか信乃に危害が及ぶのではないかという不安もあった。信乃に言われずとも、家の中で既に殺された妖狐の呪いでは、という話も出ていた。呪いも何も、父はもともと病気だったじゃないか、というのが悠太郎の見解なのだが、あまりにこの家の男子は病気で死に過ぎているようだ。母も相当だが、祖母はもっとひどい状態で、死んだ直後は火付けでも起こしかねなかったと悠太郎は浩一郎に聞いた。


 だから、悠太郎は家に残った。休学してでも、家に残ることにした。


 そして信乃を訪ねて、改めて彼女のせいではないだろうと思ったのだ。これは家の血の問題であり、妖狐は関係ない。自分の中でそう確信を持てた悠太郎は、次いで信乃との約束を思い出した。


 信乃にはすっかり呆れられた悠太郎だったが、悠太郎自身は家族のためにこの村に残ったわけではないというのが言い分である。悠太郎は信乃に危害が及ぶのではないかと不安になり、残ったのだ。


「信乃さん、あのときの返事を聞いても?」


「は?」


 悠太郎の言葉に、信乃は間抜けな声を出し、それから今この状況で聞くことなのかと詰問した。それに悠太郎は「次会うときに聞くと言った」と返す。


「あのですね、それにしてもこの状況下で聞きますか、普通。勘当されても知りませんよ」


「それはまあ、仕方ないね」


 存外にあっさりしている悠太郎の反応に、信乃は溜め息をつく。


 溜め息をついてから、どうしたものかと頭を悩ませた。悠太郎が戻ってくるまでもっと時間があると思っていた信乃は、それまでの間に縁を切る覚悟を決めるつもりであった。しかし、予想よりも早く悠太郎は戻ってきてしまい、しかも暫くここにいるのだと言う。完全に信乃は悠太郎の前から消える機会を逃したのだ。


 結果的に信乃は悠太郎の告白に頷いた。その好意に対する応え方を信乃は知らなかったし、そこまで自分に執着する人間に興味があった。いずれは否応なしに別れが来る。そのときにまた、自分はひとりになればいい。



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