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 来客者は浩一郎であった。それに信乃は嫌な顔をする。仏頂面の信乃に、なぜか悠太郎が「すまん、兄さん。彼女、これが素なんだ」とフォローにもなっていないフォローを入れた。対する浩一郎は、まるで信乃の仏頂面の意味がわかっているのかのように「気にしていない」と短く告げた。それから信乃に向き直る。


「弟が済まない。何もなかったろうか」


「特に、何も」


 そう言ってから悠太郎が腕を怪我しているのを思い出した。そこに突っ込まれたら、と信乃が悠太郎を見やれば、悠太郎は察し良く浩一郎に腕のガーゼを見せて笑った。


「昨日、ここに来る途中で盛大に転んだってことはあったな」


 手当してもらった、と言う悠太郎の言葉に、浩一郎は呆れたように溜め息をついた。


「ところで兄さん、わざわざ迎えに来てくれなくても俺はひとりで帰れるんだけど」


「そうじゃない。ここの住人に話をしに来たんだ、俺は」


「信乃さんに?」


 浩一郎は視線を悠太郎から信乃に移した。


「昨日、この家に狐が憑いていることがわかった」


「……はあ」


「その狐はもう始末した」


「………………」


「以上だ」


「そうですか」


「ちょ、ちょっと兄さん」


 浩一郎の、あまりに淡々として報告に、悠太郎が慌てて口を挟む。


「狐が憑いているってどういうこと、それを始末したって」


「ここの女主人が狐だったってことだ。そして、昨日それがわかって始末した」


「いや待って、だってそれは信乃さんの母親じゃ――」


「俺は調査に同席していない。ただ、始末し損ねた狐が逃げたから探すのを手伝ってくれと言われただけだ。あの狐とその人の関係も知らん」


「母ですよ」


 信乃の言葉に、場が静まり返った。


「母です」


 本来ならばここはうまく立ち回るべきなのだろう。化かして誑かしてこの場を去るのが良いのだろう。だが信乃はそれを選択しなかった。し得なかった。もとより、人里の中に紛れて暮らすような風変りの母の子だ、信乃もまたその血を継いでいた。


 浩一郎が信乃を見る。それに悠太郎は不安げに双方の顔を見る。


 浩一郎は言っていた、あの家には狐がいる、と。それが、信乃の母のことであったなら、それはもう終わったことだ。けれど、悠太郎は信乃もまた妖狐であることを知ってしまっている。彼女もまた、処分の対象となってしまったら。


 場の沈黙は重く、長かった。


 しかし、次に浩一郎が「そうか」と短く告げたのは、ほんの数秒後のことであった。

 そのまま背を向ける浩一郎に、信乃が挑発的な声を上げる。


「母は殺して、私は殺さないんですか?」


「言ったろう、俺は調査に同席していない。あんたがなんであろうと、俺が知ったことじゃない」


 それから浩一郎は悠太郎に「早く帰れよ」と言って立ち去った。その背を見送った信乃は、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、狐の姿になったかと思えば不貞腐れたように丸くなった。



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