告白の記憶

13


 悠太郎と別れたあと、信乃は二人の姿が見えなくなると同時に人の姿から狐の姿に転じると、見えなくなった車のあとを追った。


 道中に横たわっていた狐を見たとき、信乃は心臓が止まるかと思った。見間違えるはずがない。ここらにこれほどまでに白い狐などほかにいない。


 母だ。


 目の前に母の死骸が転がっている。


 血の気が引く信乃の隣では、何も知らない悠太郎が呑気に「狐だ」などと言っていた。何が「狐だ」だ、目の前にいるのはお前が一目惚れしたと言ったその人だというのに。


 けれど、悠太郎が知らないのは当たり前のこと。むしろ、ここに来てバレていないということが、母の擬態うまさを物語っている。それにも拘わらず、なぜ母は死んでいるのか。狐は害獣だ。ともすれば殺されるのもやむないが、かといって見つけてすぐに猟銃を出してくる人間は滅多にいなくなった。一方、人の姿で殺されることはそうそうない。人が人を殺すのはハンザイだ。


 不可解な状況と、母の死そのものが信乃の思考を重くさせた。しかし、それでも信乃は、何も知らない悠太郎の前でその狐を「母」と呼ばないだけの理性を維持していた。足早に通り過ぎる。早く村に戻り、この男を家に帰し、そして急いでここに戻ってこよう。


 そう思っていた信乃の予定を狂わせたのは、向かいからきた悠太郎の兄、浩一郎だった。その男が言うには母を探しているのだと言う。悠太郎を車に乗せた男は村に向かう信乃を「いいのか?」と呼び止めた。


「何がですか?」


 振り返って怪訝そうに問う信乃に、しかし男はそれ以上何も言わず車に乗り込んだ。


 その言動に疑問を覚えつつも信乃が後を追えば、二人は母の死体を袋に詰めていた。そう言えば、野山ではなく人間の生活領域で死んだ生き物の死体は、こうして人の手で処分されるのだった。なんとか取り戻せないだろうかと車を追いかけ、追いついた先で、母は解体されていた。解体していたのは、信乃に声を掛けてきた男だった。


 致し方ない。


 信乃は自身にそう言い聞かせて、そのまま家に舞い戻った。こうなってしまっては、もうどうしようもない。どうしようもないのだ。


 家に戻った信乃は、人の姿になる気力もなく、何十年ぶりかわからない狐の姿で屋敷の中を歩き回った。もしかしたら、母はうまいこと化けてどこかに隠れているのかもしれない。そんな淡い期待すらあった。けれど、どこにも母はおらず、道中の遺体は見間違いでもなんでもなかったのだと思い知らされる。


 いずれは別れが来ることは、信乃もわかっていた。覚悟もしていた。けれど、それがこのような形になるとは、信乃は考え及んですらいなかった。


 いったい誰が母を殺したのだろうか。この村にいた誰かであることは間違いない。母が朝来ると言っていた客人だろうか。それとも、あの母の死体を回収して解体した男だろうか。或いは、あの家族だろうか。


 許しがたい。否、許しなどしない。


 けれど、信乃には母を殺した人物を当てる手立てがない。あの狐を母と公言することなどできない。ならばいっそのこと、みなみな一様に殺してやろう。いずれは自分も殺されるだろうが、それでも構わない。


 そこまで考えて、信乃は疲れたように体を丸めた。


 そうなれば、この家に帰ってくることももうないだろう。最後の晩だと思えば、そう急くものでもない。


 ゆらゆらと揺蕩う意識の中で、信乃は、朝に母と会話したのを、遠いことのように思った。



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