12




 その晩は宴会であった。スーツを着込んだ客人たちも、お酒が入ればジャケットを脱いで楽しそうに談笑していた。病気の父は当然ながらその席にはおらず、別室で夕食を取っているらしい。祖母はそちらについており、宴会の場は母がひとりで回していた。料理がすべて出そろうまで母の手伝いをし、暫く用意を見ていた悠太郎は、やがてそっと席を抜けた。抜けた先の廊下では、浩一郎がたばこを吸っていた。それに悠太郎は顔を顰める。


「兄さんも手伝ってよ。母さんひとりじゃ大変だ」


「俺は解体作業で疲れたし、正直あまり食欲もない」


「それは、まあ」


 いったいどこで覚えたのか、浩一郎は帰ってくるなり狐を解体した。食べると言うのだから誰かやるのだろうとは思っていたが、まさか浩一郎がやるとは思っていなかった悠太郎は驚いた。あの臭いを浴びたら食欲が失せるのも仕方ないだろう。食べると言った悠太郎自身も、それですっかり食欲を奪われてしまい、結局先ほど席で口にしたのは市販の漬物くらいであった。


「俺、ちょっと外の空気吸ってくる」


「あの家にでも行くのか?」


 伸びをしながら言う悠太郎に、浩一郎がたばこを携帯灰皿に入れながら聞く。それに悠太郎は図星を突かれて「う、まあ……」と曖昧な返事。


「今夜はやめた方がいいぞ」


「なんで」


「荒れてるだろうから」


「何かあったの?」


 浩一郎の言葉に、悠太郎は不安になってその顔を見る。しかし浩一郎はそんな悠太郎に何も返さず、二本目を取り出していた。


 結果から言えば、浩一郎の言葉は正しかった。


 不安を覚えた悠太郎は、すぐさま信乃の家に向かった。ただでさえ何かと嫌われている家だが、今までの村の対応は、嫌悪よりも恐怖が勝っていた。だが、ひとたびそれがひっくり返ればどうなるか、悠太郎もおおよその見当はつく。


 女性二人の家は強くない。


 たどり着いた先は静かであった。特に何かがあった様子もない。けれど、それが悠太郎にとっては不自然であった。戸を叩いても反応がない。


 かつて、悠太郎はこの家に何度も訪れた。インターホンもないこの家は、しかし悠太郎が着くと、まるで見ていたかのように信乃や、信乃の母が出た。


 今日は、その気配もない。


 それが、とても不自然であった。


「……お邪魔します」


 悠太郎は、悪いと思いつつも戸を引いた。鍵がかかっているかと思ったが、戸はすっと開いた。靴を脱いで上がる。通い慣れたこの家は、しかし先導者がいないとそれだけで迷いそうであった。ぎし、という床の軋む音。それ以外の音はまったくしない。信乃は家に帰っているはずなのだが、二人してどこかに出かけたのだろうか。


 そんな疑問を抱きつつ、悠太郎が周囲を見渡しながら中に進んでいくと、突然何かが悠太郎に飛びかかってきた。


「ぅ、わ!?」


 思わず跳ね除けようとするも、飛びかかってきたそれは以外に重く、悠太郎の視界に鋭い牙が映る。咄嗟に首を庇いながらも、姿勢を崩した悠太郎は柱に背をぶつけ、そのまま尻もちをついた。その隙を相手は見逃さない。悠太郎めがけて飛んできたそれは、真っ白い狐であった。


「うわ――っ」


 腕に噛みついてきた狐の毛並みが、月明かりに白くなびく。悠太郎はそれに、腕の痛みも忘れて見惚れた。見惚れて、そして、を呼んだ。


「信乃、さん?」


 それに狐がびくりと耳を震わせ、それから逃げようとするのを悠太郎は被さるように捕まえた。鳴いて暴れる狐を抑え込みながら、悠太郎は「信乃さん」と彼女の名前を呼び続ける。


 やがて観念したのは彼女の方だった。


 諦めたのか疲れたのかおとなしくなり、それに合わせて悠太郎が手を離せば、するりと腕から抜けて悠太郎の方を向いた。こちらを見る琥珀色の目が、昼間見た狐とよく似ていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る