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 悠太郎は、それこそほぼ毎日のように信乃たちの家に遊びにきた。これにはさすがの母も困ったようで、信乃に外で遊んで来なさい、と悠太郎を連れて行くよう指示することが多かった。とはいえ、信乃は信乃で、珍しく困惑している母を見るのも楽しいので、その指示に従うこともあればあえて無視することもあった。


 どちらにせよ、悠太郎もまた小学校に上がれば隣村に通うことになる。そうなれば、帰りも遅くなるし、来ることもなくなる。時に信乃に見放される母も、そうであるからこそ悠太郎の突撃訪問を受け入れていた。


 だが、ことはそう簡単に収まらなかった。


「こんにちは!」


 元気の良い挨拶に信乃が玄関を開ければ、真新しいランドセルを背負った悠太郎が喜々として遊びに来ていた。学校は、と問えば、終わったあと親に家まで送ってもらい、そのまま来たという。家に寄ったならそのランドセルは、と聞けば、見てもらいたくて、と恥じらう姿。信乃はそんな悠太郎を見て、それから家の奥で寛いでいるであろう母を呼んだ。母は、悠太郎のぴかぴかのランドセルを褒め、それから「勉強頑張るのよ」と、暗に、とても暗に、家に来ないよう釘を刺していたが、信乃の目にはそれが悠太郎に聞いているようには見えなかった。


 最初の一週間はまだ良かった。二週目からは来ない日もあった。このまま疎遠になってくれ、と信乃が思っていたところで、人の世界にある「連休」というものがやってきて、予想を裏切らず悠太郎は毎日来た。


「信乃ちゃんは学校行かないの?」


「私は頭がいいから学校行かなくてもいいのー」


「でも、小学校は絶対行かなくちゃダメだって、お母さん言ってたよ?」


 悠太郎の言葉を適当にはぐらかしつつ、信乃は困った、と頭を抱えた。母が悠太郎に振り回されているのを見るのは楽しいが、一方で悠太郎が来る限り信乃が小学校に行かない不自然さが目立ってしまう。


 連休が明けて再び悠太郎は小学校に通い始める。しかし、それ以降も悠太郎の母通いはなくならなかった。来る日もあれば来ない日もあったが、それでもこのまま来なくなるだろうと思わせるには、来る頻度が高かった。


 ある日、母は腹を括って悠太郎の家に事情を話しに行った。そこでどのようなやり取りがなされたのか、留守番をしていた信乃は知らない。帰ってきた母は、少しだけ疲れたように笑って、首を横に振った。


「ご家族も止めてるみたいで、それでも言うこと聞かないんですって」


「それで、母様のせいにでもされましたか?」


 信乃の問いに返答はなく、母は疲れたとでも言いたげに狐の姿に戻ると、居間に横たわった。そんな母の傍に腰掛け、体を凭れさせながら信乃は溜め息をつく。


 自身の子供の監督不行き届きを、人のせいにするなど良い迷惑だ。


 人の子の通う小学校は六年間だ。そして、悠太郎はその六年の間、母のもとに通い続けてしまった。こうなってしまうと、次の縁の切れ目は三年後、高校進学時だ。中学校はもうこの村にあるので仕方ない。それでも部活動とかいうものに入って来なくなるならば万々歳だが、それは見込めないだろう。だから、三年は待つしかない。三年待てば、高校はこの村から遠く離れた町の方にしかないのだから、否応なしに縁は切れる。信乃も、信乃の母も、普段は疎まれている身であるがゆえに、ここまで人に執着されることには不慣れで、想定通り悠太郎が進学で村から出て行ったときはほっと一安心したものだった。


 しかし、逆にいつも来ていた人物が来なくなるという感覚もまた、信乃にとっては初めてのものであった。


「どうしたの、信乃。落ち着かないわね」


 夕時、いつも悠太郎が遊びに来ていた時間になると、つい身構えてしまう信乃に、母は笑いながら聞いてきた。


「いえ、別に、何も……」


「あの子は町の高校に行ったから、しばらくは来ないわよ」


「もう来なくて結構です」


 頑なな信乃の態度に「そんなこと言って」と笑う母は、彼の恋愛対象が自分であるということを忘れているかのようだった。とはいえ、中学に上がったあたりで、悠太郎も自身の感情が恋ではないことには気づいていたようだった。一度、本気では母と結婚するつもりなのか問えば、彼は笑いながら「五歳児の言葉を本気にするなよ」と返したのだった。自分が言ったことは覚えているくせに、それを鵜呑みにすると笑うなどとは良い度胸だと信乃は思ったが、未だに本気だと言われてもそれはそれで困るので、許すことにした。


「でも信乃、その感情は忘れてはだめよ」


「別に、何も思ってはいませんが」


 母の言葉に、信乃は怪訝そうに返す。そんな信乃の頭を、母はいつものように尻尾で撫でる。


「あら、じゃあどうしていつものように小さい子に混ざって遊びに行かないのかしら?」


 いつもなら、小学校進学で人の子とはさよならをして、次の世代の子たちと遊んでいた。しかし、今の信乃は幼少期の人の姿を少しずつ成長させて、おおよそ高校生くらいの見た目になっている。


「それは……だって、どうせまた学校が休みになったら来ますよ、彼。そのときに、この姿が思い出せないと困るから……」


 信乃自身、言い訳がましいと思いつつも言葉を手繰る。そんな信乃を、母は笑いながら見守っていた。




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